スペインの「リアリズム(写実主義)」というと、2011年、練馬区立美術館で開催された「磯江毅=グスタボ・イソエ マドリード・リアリズムの異才」展がありました。磯江は、大阪市立工芸高校を卒業後、単身スペインへ渡り、プラド美術館で模写をして画家としての力をつけます。スペインには30年余の長きにわたり、スペイン滞在の間に油彩による写実絵画を追求しました。「裸婦(シーツの上の裸婦)」や「深い眠り」、「新聞紙の上の裸婦」は、スペインで、マドリード・リアリズムの画家グスタボ・イソエとして、高く評価されたという。アントニオ・ロペスとは、同時期にマドリードにいたと思われますが、磯江とロペスが接触があったかどうかは分かりません。
マドリードへは一度、行ったことがあります。スペインを代表する美術館である「プラド美術館」と、ピカソの大作「ゲルニカ」のある「ソフィア王妃芸術センター」へ行きました。20世紀初頭にパリやニューヨークを模倣してつくられた大通り「グラン・ビア」は記憶にないのですが、近接する「スペイン広場」には行った記憶があります。「ドン・キホーテの像」があることで有名なので・・・。
さて今回、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「現代スペイン・リアリズムの巨匠 アントニオ・ロペス展」、観に行ってきました。2枚の展覧会のチラシが印象的です。もうこれだけで十分です、アントニオ・ロペスを理解するには・・・。アントニオ・ロペスの代表作、「グラン・ビア」と「マリアの肖像」です。
マドリード随一の繁華街であるグラン・ビア大通り、この繁華街の車道の中央分離帯にロペスはイーゼルを立てて、夜明けの時間の20分間だけ「グラン・ビア」を描き、この作品に7年の歳月をかけたという。一方、「マリアの肖像」では、ロペスの長女マリアが緊張した面持ちでこちらを観ています。少女の浮かべる表情には、疑うことを知らない素直さとともに、寂しさや不安などさまざまな気持ちが入り混じっています。マリア9歳のときの肖像です。
僕はアントニオ・ロペスについては、まったくのところ何も知りませんでした。展覧会は、第1章、第2章、などとはつけずに、ただ単にグルーピングして、例えば「故郷」「家族」「静物」といった区分けをしています。作品はキャンバスや板に油彩が多いが、それだけではなく、鉛筆によるスケッチなど、リトグラフやコラージュなどの手法もあります。そして「食品貯蔵室」のようにブロンズによる浮き彫り、「眠る女(夢)」のようにレリーフ状の木彫に彩色したもの、「男と女」のように木彫彫刻が、また「子供たちの顔」のように「石膏」や「石」、「銅」による作品もありました。「横たわる男」は、ブロンズでできています。
初期の作品も、ロペスらしくていい。「花嫁と花婿」はロペスが美術アカデミーを卒業する年に描き始めたもの。当初は女性二人の像として制作に取りかかったが、ある時期からそのうちの一人が男性像に変わったという。現実に味付けをしてそれを変容するという、若きロペスにとって転機となった作品です。もう一つ、「フランシスコ・カレテロ」、この作品は27年もの長い年月をかけて完成されたという。ロペスは亡くなったカレテロが他の世界から立ち現れるような「幻影」としての肖像画を意識したという。ロペスが家族以外の肖像画を描いた例は、極めて稀なことです。これらの作品や、家族を描いた作品は、ロペスの眼差しが温かい。
そしてロペスのロペスたる由縁は、マドリードの風景、つまり、都市景観を描いていることです。「グラン・ビア」ももちろん都市景観を描いていますし、まさにマドリードの街を描いた「トーレス・ブランカスからのマドリード」はその代表作品です。ロペスはさまざまな視点からマドリードを描いていますが、「ティオ・ピオの丘からのマドリード」は郊外の丘からマドリードを描いていて、空の部分を大きく描いた「マドリードの南部」とは対照的な作品です。
展覧会の構成は、以下の通りです。
故郷 Hometown
家族 Family
静物 Stil-life
植物 Plant
室内 Interiors
マドリード Madrid
人体 The Human Bodey
故郷 Hometown
家族 Family
静物 Stil-life
植物 Plant
室内 Interiors
マドリード Madrid
人体 The Human Bodey
「現代スペイン・リアリズムの巨匠 アントニオ・ロペス展」
アントニオ・ロペスは、現代スペイン美術を代表するアーティストであり、現代の最も重要なリアリズム芸術家であるという世界的な名声を得ているにもかかわらず、我が国においては紹介されることがなかった。これは誠に残念なことであるので、芸術家自身の全面的な協力のもとに、日本で最初のアントニオ・ロペス展としてこの展覧会が実現することとなったのである。「リアリズム(写実主義)」というと、写真のごとく正確に描写した作品と思われがちだが、ロペスの作品は実は彼の個性によってだけ可能な不思議な世界を見せてくれる。彼自身の言葉によれば、彼の作品は写真と異なる。彼は、制作に要する、ときには数年に及ぶ長い時間を、彼が見つつ描写している対象、樹木の成長、都市の姿を蜃気楼のごとく浮かび上がらせる瞬間瞬間の光の変化、家族との日々の異なる出来事、それらと共に彼自身生きて、彼自身もまた変容しつつ長時間制作している。そして、この限りない無常性のなかに、どこからか不動の真実とも言うべき光が、色彩が、形が現れてくるのだという。この、世界の無常性、人間の無常性は、リアリズム、すなわち常なるものと共にあって初めて真実を生み出すということであろう。ロペスの芸術はときに「魔術的リアリズム」と称され、「超絶的リアリズム」などと説明されてきている。この夢のごとき、幻のごとき我々の現実世界の真実を、この展覧会で観ていただきたいと思う。
Bunkamuraザ・ミュージアム
プロデューサー木島俊介
アントニオ・ロペス展
図録
発行日:2013年4月27日第1刷
編集:長崎県美術館
Bunkamuraザ・ミュージアム
岩手県立美術館
西日本新聞社
美術出版社
発行:株式会社美術出版社
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