20世紀を代表する建築家、 ル・コルビュジエ設計のクルチェット邸を舞台に映像回の風雲児2人が描くシニカルな人間ドラマ。既成概念ぶちこわし、常識の壁に穴あける、遊び心とアート満載の必見映画!
ブエノスアイレスの州都ラプラタ。椅子のデザインで世界的に大成功をおさめたデザイナー、レオナルドは、妻と一人娘と共にクルチェット邸に住んでいる。それはアメリカ大陸で唯一、ル・コルビュジエが設計した私邸。成功の証。ある朝、ハンマーの破戒音で目覚めたレオナルドは、見知らぬ住人ビクトルが、我が家へ向けて窓を作ろうと、壁に穴をあけていることを知る。「ここに余っている陽光を、ちょっと入れたいだけだ」と言う強面のビクトル。何とか話し合いで解決しようとするレオナルド。だが、一進一退の話し合いと騒音で気持ちは乱れ、仕事は上手くいかず、妻との間も崩壊寸前。一方、ビクトルは、まるでスパイのごとくレオナルドの動向をチェックし、親しげに近づいてくる。恐れをなしたレオナルドは、ついに防犯王パニック・ボタンを設置するのだが・・・。
普段は資料館として公開されているクルチェット邸。そこにアルゼンチン現代アートを見事に設置し、ワンシーン・ワンカットの撮影に臨んだのは、期待の若手監督マリアノ・コーンとガストン・ドゥプラット。NYのMoMAやパリのポンピドゥセンターなどからも注目される映像界の風雲児2人は、当初からクルチェット邸を舞台に物語を構築し、オールロケを敢行!成功したレオナルドの椅子に使われているプラセンテーロチェアをはじめ、ピンクのゲバラの絵やオブジェなど、若手アーティストたちが全面協力し、ヨーロッパで大ヒットを記録!シュールな笑いと意表をつくドラマで描く隣人と家族の物語。思いがけない展開に、目が離せない!(Cinemartより)
クルチェット邸逍遥
林 美佐(ギャルリー・タイセイ学芸員)
ル・コルビュジエの作品集の中で何度か目にしたことのある住宅。ただそこに載っている写真はモノクロの粗い画像で、決して強い印象を与えるものではなかった。扱われているページ数にしても、それほど多くはなく、しかもル・コルビュジエは現地に行っていないという。それだけで、私はなんとなく、あまり重要ではない作品と、軽く流してしまっていた。
ところが、このはるか地球の裏側アルゼンチンのこの作品を実際に目にした磯崎新氏や伊東豊雄氏といった建築家が「激賞」するにつけ、もしかしてこれは凄い作品なのかもしれないと思い直した。そんなとき、撮られたばかりの写真(撮影:新建築社写真部西川氏)を拝見し、そして図面を見直すことで、この住宅がただものではないことに気付かされた。
クルチェット邸は、ル・コルビュジエが言うところの「建築的プロムナード」を実現した作品である。「プロムナード」とは、散歩(道)とか、練り歩くこととかを指す言葉であるが、ル・コルビュジエは「建築的プロムナード」という言葉を使うことで、「建築はその内部を歩き回り、地上1メートル60センチのところにある目で見て、体験するものだ」という彼自身の説明を一言で言い換えている。つまり、建築は外観をただ見るだけでなく、その内部に入って五感を鋭敏にして体験しなければそのすばらしさは理解できないということである。
クルチェット邸はアルゼンチンの街ラ・プラタの住宅地の、三方を既存の住宅に取り囲まれ、前面だけ公園に開かれた道路に面した、長方形の敷地(前面は斜めに切れている)に建てられている。
彼が手がけた住宅作品は、比較的郊外の広い敷地内での一軒家が多く、こうした建て込んだ街なかの住宅はオザンファンのアトリエ、プラネクス邸他、数点しかなく、戦後の作品ではクルチェット邸だけだが、彼は、共有壁によってぴったりと隣家が接している敷地条件と、医師のクリニック兼住宅という条件を非常にうまくクリアしている。
ル・コルビュジエは現場を訪れることはなかったが、それまでに幾度となくアルゼンチンやブラジルなど南米を旅行し、都市計画まで提案していたほどであるから、こうした経験から、この地の気候、風土を理解し、太陽や風をよく理解していた。
(ブックレットより抜粋)