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Channel: とんとん・にっき
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高瀬隼子の芥川賞候補作「おいしいごはんが食べられますように」を読んだ!

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高瀬隼子の芥川賞候補作「おいしいごはんが食べられますように」を読みました。わりと気持ちよく読めました。

 

年に2回ある芥川賞(ここでは直木賞は無視します)、長年の習慣で、読まなきゃならないし、ブログに書かなきゃならないので、ホント、憂鬱です。なんと今回の候補作は全員が女性だそうです。

 

さて、「おいしいごはんが食べられますように」ですが・・・。

昼休みの十分前、支店長が「そば食べたい」と言い出し、「おれが車出すから、みんなで、食べに行くぞ」と数人を引き連れ、木嘘久野インター近くにあるそば屋まで出かけて行く、というような和気あいあいとした職場の話。

 

昼休み時間を少しオーバーして、支店長たちが戻ってきた。ただいまぁ、と公絵を上げながら扉を開いたのはパートの原田さん。「そばめっちゃおいしかったようぉ、支店長がおごってくれたの、全員分!」と報告。後ろに続いた芦川さんも「やっぱりみんなで食べるごはんが一番おいしいですよね」という。藤さんが「芦川さん、あのさあ、その机に置いてあるお茶、こないだ出たばっかの新商品でしょ。勝手に一口もらっちゃった」。すぐに原田さん藤さん勝手に飲んでぇ、きもちわるーい、と非難した声を上げたが無視される。芦川さんは隣の席で、後輩の押尾さんが不快そうに顔を歪めtのが目に入った。芦川さんは、そうですかあ、と間延びした声を出した。

 

わたし芦川さんのこと苦手なんですよね、って言ったら二谷さんは笑った。絶対笑った。そう思うのに、一瞬で表情が消えたので自信がなくなる。自信っていうのは、笑ったっていう事実があったことについてじゃなくて、二谷さんは芦川さんよりわたしのことが好きなはず、っていう方の。

 

社外研修会の帰り、「この辺り、初めて来たんですけど、二谷さん詳しいんですか」そう言うと、二谷さんは全然、と首を横に振った。「そこらへんの居酒屋に適当に入るつもりだかr、押尾さんも予定がなかったら一緒に食う?」。その誘い方がただの同僚という感じがしてよかったので、付いて行った。生ビールを二杯目を空ける頃には、支店長の悪口はひととおり言い終えていた。支店長よりも直接指示を受ける藤さんについては、こちらな「まあまあ」と深くは話さない。

 

ジョッキを顔に近付けて唇を触れる前に、「わたし芦川さんのこと苦手なんですよね」と言った。二谷さんがビールを飲むのを止めてわたしをわたしを見た。二谷さんはへえ、と言って目を細めた。今日はそういう話をする日なんだね、とその目が言っている。「苦手って、どういうところが」。「いりろ、ありますけど、例えば今日の研修会に来てないところとか」。朝、電車に乗って会場へ向かっている時、芦川さんからメッセージが届いた。体調が悪いので今日の研修を欠席する、という内容だった。

 

「ときどき、あるみたいだね。芦川さんがしんどくなって休むこと」、「っていうか、できないことを周りが理解しているところが、ですかね」。「別に芦川さんが言ってるわけじゃないですが、わたしはこれが苦手でできませんって表明しているわけじゃない。でも支店長や藤さんや他のみんなも、うちに来てまだ三ヵ月しか経ってない二谷さんでも、分かってるでしょ。それで、配慮している。それがすっごい、腹立たしいんですよね」。「それじゃあ、二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」。冗談です、いじわるすぎましたね、と口を開きかけた時に、二谷さんが「いいね」と言った。ほら、大丈夫だった。

 

入社は二谷の方が芦川さんより一年早く、入社から六年間は東北の支社にいた。三か月前に転勤してきて、ここでの仕事は芦川さんから教わる形で引き継ぐことになっていた。後になって、藤さんから「芦川さん、前にいた会社でハラスメント、みたいなの受けていたらしくて、今も、声がでかい男の人はあんまり得意じゃないらしいんだよね」と説明され、入社時期としては一年先輩にあたる芦川さんが、年齢は一つ上で、今年三十になる人なのだと知った。二谷は芦川さんを尊敬するのを諦めた。諦めると、自慰の手助けに彼女を想像するのも平気になった。それは不思議なことで、なんとなくかわいいと思っていた時よりも、彼女の弱いところにばかり目がいくようになった後の方が、想像の中の彼女は色気を放った。

 

ラスト、 

口いっぱいにスポンジを詰め込み、歯の表と裏と歯茎の間までクリームを塗り込みながら、食べる。すごい、と言うと芦川さんが笑う。すごくきらきらした顔で笑う。うれしそうに見える。ほ んまにうれしいんかそれ、とケーキでいっぱいにな  った口の中で言うと、芦川さんが「え?」と笑った顔のまま聞き返す。おれたち結婚すんのかなあ、と二谷が言う。結婚、のところだけなんとなく聞き取れたよう、で、芦川さんが目を見開く。目のふちに塗られたシルバーのアイシャドーがきらりと光る。ふっくらとした涙袋が震える。「わたし、毎日、おいしいごはん作りますね」と、クリームでコーティングがしてされた甘い声でささやく。揺らがない目にまっすぐ見つめられる。幸福そうなその顔は、容赦なくかわいい。

 

たまたま「文藝2022年夏季号」を見ていたら、高瀬隼子の「おいしいごはんが食べられますように」について、下のように書いてました。う~ん、そこまで読むか、まあ、なんとも言えません。

 

高瀬隼子の「おいしいごはんが食べられますように」は、人を追い詰める構造を個々人の内部から描いたものである。小説は、過去のハラスメントを受けた経験を持ち、自分へのケアを行わずには物事を成り立たせることのできない女性と、そうした女性に憎悪を募らせていく人々を描く。「おいしいごはん」とは弱さを抱えた人が適切にケアされる理想的な社会の象徴である。けれどもその理想は、自らへのケアが不得手で、ケアを負担に感じてやまない人々にとっては疎ましいものでしかないのだ。その齟齬を丹念に描いていくこの小説は、全てを束ねる「物語」の不可能性を、狂おしく表現するものであった。「文芸季評:水上文」

 

第167回芥川賞候補者


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