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第165回芥川賞選評

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第165回令和3年上半期芥川賞選評を読みました。

 

第165回芥川賞決定発表

「貝に続く場所にて」  群像6月号   石沢麻依

「彼岸花が咲く島」   文學界3月号  李琴峰

 

今回の候補作のうち、僕が読んだのは以下の4作品でした。

芥川賞受賞作、石沢麻依の「貝に続く場所にて」を読んだ!

芥川賞候補作、李琴峰の「彼岸花が咲く島」を読んだ!

芥川賞候補作、千葉雅也の「オーバーヒート」を読んだ!

芥川賞候補作、高瀬隼子の「水たまりで息をする」を読んだ!

*くどうれいんの「氷柱の声」(群像4月号)は入手できず未読

 

選考委員

小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏行

松浦寿輝、山田詠美、吉田修一

 

受賞作が同時2作なので、選評も長くなるので最小限にしておきます。

また、高瀬隼子の「水たまりで息をする」は、僕としては大変興味深いのですが、残念ですがこの作品には触れることはしません。高く評価している委員も数人おられました。

 

芥川賞選評

 

松浦寿輝:

「貝に続く場所にて」は、ドイツの大学都市で博士論文を準備している日本人の主人公のもとに、3・11で死んだかつての友人が「幽霊」となって忽然と出現するところから始まる。彼だけではなく、街の風景も、周囲の人々も、森の土中から人々が喪失した物を発掘してくる犬も、じつは半ば冥界に属しているのではないかと疑わせるような、冷たい非現実感が作品世界を徐々に浸してゆく。・・・サバイバーズ・ギルト(生き残った者の罪悪感)を抱え続けることの意味を、こうした意表を突く設定で描き切った力業に敬意を表したい。・・・わたしとしては、佶屈のうえにも佶屈したスタイルで、これだけの量の言葉を費やして執り行われた「祓い」の儀礼によって慰謝を得られると信じたいのなら、それもまた作者の権利ではないかと思われた。

「彼岸花が咲く島」は、架空の<島>を舞台として、外部の世界からそこに漂着した一少女が共同体に受け入れられ、「ノロ」(祝女)となるまでの成長の過程を描く。「ニホン語」「女語」「ひのもとことば」という三つの言語が交錯し、拮抗し、補完し合うという奇抜な発想によるこの物語を、わたしは、ますますボーダーレス化してゆく世界のなかで日本と日本語のクレオール的変容の可能性をめぐる、大胆な思考実験として読んだ。

 

島田雅彦:

「貝に続く場所にて」の語り手は今ここにいることの違和感に神経症的にこだわる。風景や人物、事物に秘められている意味を、トリュフ犬のように掘り起こし、解読してゆく手口は、芥川の「歯車」を思い出させもする。作者はレディメイドのコトバを極力排し、メタファーを自由連想的に展開し、無意識からコトバが立ち上がるその現場にいようとする。語り手はあらゆる場所で津波の行方不明者野宮を幻視し、対話の相手にしている。・・・震災時のまま止まった時間、都市に堆積した歴史の時間、コロナ時代の現在進行形の時間がパイ状に重ね合わさった時空間を、語り手が自在に往来している。死者をコトバで「再生」し続ければ、それは文学者独自の鎮魂の儀式となる。

「彼岸花が咲く島」は、女性による統治が実現した琉球文化圏に流れ着いた少女がその多言語的環境の中で、ノロ修業を行うという異世界系ファンタジーなの

、疫病のみならず国家主義、女性蔑視、外国人排斥がまかり通る世界からの逃避願望を満たすヒーリング効果を期待できる。この少女に作者が自己投影しているならば、隠れ私小説と見做すのが妥当だろう。・・・自己表出の新機軸を打ち出した点を評価した。

 

吉田修一: 

「貝に続く場所にて」。完成度の高い作品である。一種の幻想小説であり、ドイツのゲッティンゲンという小さな町を、生者も死者も共に生きる場所として浮き上がらせる。生者と死者、過去と現在、こちらとあちら、東日本大震災とコロナと第二次世界大戦におけるジェノサイドまで、とても捉えきれそうにない遠近を、なんとか言葉で捉えようとする意欲作で、ゲッティンゲンの町にあるという太陽系の惑星モニュメントなどを使いながら、このパースペクティブを巧みに構築していく。・・・私としては、この作品を詩人の散文として読んだ。

「彼岸花が咲く島」、一方、こちらは「貝に・・・」と並べると、少し未熟な作品かもしれない。御嶽信仰のある南海の孤島を舞台とした寓話で、この島で暮らすボクとキミの日常がそんまま世界や歴史と繋がっているというある種のセカイ系ものの物語空間は、フィクションとリアリティの按分もあまり上手くいってないと思うし、物語の構成に致命的な破綻もある。・・・ただ、それでも尚、この作品を受賞作と推したのは、この作者が作中で美里の可能性について語る時の力強さ、そして可能性という言葉に対する無防備なまでの信頼感込まれていた。が、いつの頃からか曇った目でしか未来を見なくなっていた私の心に、まっすぐ突き刺さってきたからだ。

 

小川洋子:

小石を丹念に積み上げるようにして築かれた「貝に続く場所にて」の世界を、興味深く探索することができた。そこでは行方不明者も、死者も、犬も、生者も皆が同じ地平に立ち、平等に振る舞っている。彼らの抱える記憶が重層的に絡まり合い、何度も遠近感を失ってめまいを起こし、気が付けば予想より更に奥深い地点にまで引きずり込まれていた。特に印象的なのは、具体的な事物によって小説が奥行きを増し、遠く離れた無関係なはずの時間がつながって、鮮やかなイメージを結ぶ点だった。・・・小説にしかできないやり方で、東日本大震災の体験を刻み付けようとする本作の試みを高く評価したい。

「彼岸花が咲く島」はさまざまな方向から読み解いてゆけるタイプの小説だが、最も心打たれたのは、島の若者3人の、実に生き生きとした関係だった。游娜と宇実は栴檀草の実を投げ合ってじゃれ合いながら、互いの体温を感じ合う。<島>に残る決意を固めた宇実に、游娜は唇を合わせる。・・・私は本作を、性の揺らぎの中で怯える若者たちの青春小説として読んだ。それで十分、賞に値すると思った。

 

平野啓一郎:

「貝に続く場所にて」は、「核心的な話題を避け」ようとする「私の悪い癖」自体を構造化し、震災の死者への直接的なア、小児プローチの困難が、主人公がヨーロッパで過ごした時間を通じ、間接的に、対照的に描かれてゆく。秩序と無秩序といったフレームで、個々の逸話が統合されてゆくのだが、最終的に野宮が自ら語る言葉、またそれを受けての主人公の感慨に、死者の他者性の尊重という観点から疑問が残った。

「彼岸花が咲く島」は、作者のバックグラウンドにある歴史的・政治的な緊張が反映された野心作だが、寓話性とリアリズムとのバランスに難があり、島の文化的な記述に比して、産業や法制度、情報環境などの実態が掴めず、何よりも、大ノロによって語られる秘史があまりに大味で、政治を描きつつ、政治的に最も困難な問題について、書かれていない点が残念だった。

 

山田詠美:

「彼岸花が咲く島」。前半の三人の少年少女たちのパワーに満ちた言語が交錯するさまを彼岸花が彩るあたり、小説世界を構築する意欲に満ちていて素晴らしい。このまま進んで、灰谷健次郎の訳したマイケル・ドリスの「朝の少女」のように終わったりしたらせつないなあ、などと思っていたら、後からびっくり仰天。語られる島の歴史が、あまりにもマン・ヘイター的なのだ。

「貝に続く場所にて」。小説でしか出来ないやり方で、死者への鎮魂を描こうとするのは、りっぱ。しかし、作者が「文学的」と信じている言い回しが読んでいて照れ笑いを誘う。

 

奥泉光:

「彼岸花が咲く島」は、沖縄あたりと思われる島を舞台に、女性だけが歴史を担う世界をファンタジーの枠組で描いた作品で、島で独自に発展したとされる架空言語を創作したあたりの構想は大変に面白く、戦争や排外主義を乗り越えた女性原理に基づく社会の提示は、いまなにより求められるべき思想の水脈につながっている。であるだけに、この「理想社会」がいかに可能なのかという、なにより知りたいところが、素朴な神話ふうかたりで処理されてしまったのは残念だ。

ドイツのゲッティンゲンを舞台に、生者と死者、過去と現在が交錯する「貝に続く場所にて」は、小説なるジャンルの力を最大限に引き出そうとする作者の意欲が、徹底的にねりあげられた文章にこめられた一篇で、意欲がややからまわりしてしまい、了解の困難な文章がときおり顔を出してしまうきらいはあるものの、受賞作にふさわしい作品だと評価した。力ある書き手の登場だ。

 

川上弘美:

「彼岸花が咲く島」に、「正直」さを感じました。なんといっても、<ニホン語>の造形がすばらしかった。何かと何かがまじわる時に起こることについて作者は書きたいと思い、この新しい言葉を生み出した。作者が自身の内をしっかりと見つめなければできなかった造形でしょう。島と外部との関係を説明する時に使われた「声」は、作者だけの声ではなかったのではないか。惜しかったです。

「貝に続く場所にて」は、せっかくの作者自身の「声」があまりスムーズに発声されていないように、わたしには感じられてしまいました。作者は自身のつくりだしたオリジナルな「声」に自負を持ち切れず、元から自身の中にすでに存在していた「よそからの声」を、「よそから」の形のままに借りてしまったのではないか。

 

堀江敏行:

「彼岸花が咲く島」には、怯えを余したまま前に進む貴重な地熱があった。クレオール的なニホン語と、歴史伝承のための女語が混在する<島>。舞台設定の批評性が、少年少女の牧歌的な空気と溶け合っている。同性愛、性に振り分けられた役割の越境、「外」を排除する差別の根絶、男性による搾取からの脱却など、<島>の現在と未来に「外」から来た者が参加しようとする覚悟は、書き手だけのものではない。

「貝に続く場所にて」の舞台はゲッティンゲン。3・11の被災者でありながら「喪失の深度」の浅さに苦しめられてきた語り手は、「記憶の痛みではなく、距離に向けられた罪悪感」をなぞるために行方不明者を異国の現在に召喚し、実在した書き手と対話させる。非在の犬(漱石の飼い犬と同名)に遺物を掘り起こさせ、モノから他者の痛みを探る試みには、歴史的な視座もある。作中の温度を低く一定に保ち続ける知的な意匠を凝らした文体が、ときにだまになり、幽霊に幽霊としての現状認識を問うてしまう弱さのうちに、書くことに対する真摯な怯えを読んだ。

 

 

 

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