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Channel: とんとん・にっき
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芥川賞候補作、李琴峰の「彼岸花が咲く島」を読んだ!

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芥川賞候補作、李琴峰の「彼岸花が咲く島」(文學界3月号)を読みました。

 

小説『彼岸花が咲く島』紹介

流れ着いた〈島〉では、〈ニホン語〉と〈女語〉、二つの言語が話されていた――
歴史に連なり未来を拓く、不思議な島の物語。
彼岸花の咲き乱れる砂浜に倒れ、すっかり記憶を失っていた少女は、海の向こうから見たので宇実(ウミ)と名付けられた。
ノロに憧れる島の少女・游娜(ヨナ)と、〈女語〉を学びたい少年・拓慈(タツ)。
そして宇実は、〈島〉の深い歴史に導かれていく――。

 

「彼岸花が咲く島」は、以下のように始まります。

 

砂浜に倒れている少女は、炙られているようでもあり、炎の触手に囲われて大事に守られているようでもあった。少女は真っ白なワンピースを身に纏い、長い黒髪が砂浜で扇状に広がっている。ワンピースも髪もずぶ濡れで黄色い砂がべったりと吸いつき、眩しい陽射しを照り返して輝きところどころ青緑の海藻が絡みついている。少女を包み込んでいるのは、赤一面に咲き乱れる彼岸花である。

 

最初に少女の姿を目にしたのは、彼岸花を採りに砂浜にやってきた游娜(ヨナ)だった。・・・恐る恐る近づき、游娜は少女の傍らでしゃがみ、彼女を一頻り観察した。あまり陽射しを知らないような青白い肌はとてもきめ細かく柔らかそうで、顔についている波の雫は涙のように見えた。少女に見惚れた游娜は何かを考える前にほぼ衝撃的に自分の顔を近付け、少女と唇を重ねた。

 

唇を離すと、少女は悪夢にうなされるように瞼をきつく閉じ、両手で拳を握りながら、意味を成さない低い唸り声を発した。ゆっくり瞼を開けると眩しそうに右手を目の前に翳し、影を作った。游娜の存在に気付いたのはそれからだった。

「ノロ?」と游娜は訊いた。もがきながら少女は、「ノロ?」と訊き返した。「ここ、どこ?」「なんでわたしはここにいるの?」。「ここは<島>ヤー」と游娜は答えた。「リー、海の向こうより来(らい)したダー!」。少し会話すると、二人が使っている言葉は似てはいるが微妙に異なっているということに、游娜も少女も気付いた。

 

ここまでが序章、物語は1章から4章まで続きます。

 

布団の中で寝込んだ少女は相変わらず顔色が悪く、弱々しく見えた。オヤは游娜が採ってきた彼岸花の花弁を磨り潰し、水を加えて掻き混ぜてから少女の傷口に塗布した。游娜のオヤは旗魚(カジキ)捕りを生業としている女性であり、游娜と一緒に生活している。「現在はマチリ期間(チジュン)、肉は食べるは駄目ゆえ、こだけあるナー」。二人の会話を少女はあまり理解できていないが、サツマイモのお粥があまりにも美味しく、頭痛を忘れさせるほどだった。

 

<島>の人々は「四布織(シブジ)」という着物を日常的に着ている。「四布織」は<島>の古くからの伝統衣装らしく、主な生地は苧麻(ちょま)や木綿で、白、黒、青のギンガムチェックの柄が特徴である。・・・少女も游娜の持っている「四布織」を借りて着ている。少女は記憶を失っているようで、自分が誰で、どこから何故<島>に漂着したのか依然として思い出せないが、游娜の家でお世話になっているうちに、次第に体調が回復してお粥以外のものも食べられるようになり、<島>のことも少し分かるようになってきた。

 

「あなたたちが はなしているのは、なにことば?」と少女は訊いた。「ナニコトバ?」游娜は少し考えてから、やっと少女の質問の意味が分かったようで、こう答えた。「<ニホン語>ヤー」それは少女が聞いたことのない言語名である。それでも一緒に生活して毎日会話すると、少女も簡単な<ニホン語>が理解できるようになってきた。語彙面も文法面も大きく違っているらしいが、やはり自分が話している<ひのもとことば>と共通する部分があるようだ。・・・游娜の方も、少女が話している<ひのもとことば>は自分が習っている<女語>にかなり似ていることに気付いたので、<ニホン語>が通じない時は<女語>に言い換えるようにしている。

 

「名字無は困るネー」「海の向こうより来した故、霧実(うみ)にしろラー」言いながら游娜は紙に「霧実」という字を書いた。「むずかしくて かけないよ」と少女が言った。「難しいアー?」游娜は「霧」の字に取り消し線を引き、その隣に「宇」という字を書いた。それから少女は「宇実(うみ)」と呼ばれるようになった。・・・游娜は毎日宇実のために彼岸花の花弁を磨り潰し、痛み止めの効能のある塗り薬を作った。それ以外にも、熱が出た時や頭が痛い時には西蓬(にしよもぎ)を磨り潰して汁を飲ませ、体内にある寄生虫が不調の原因だと判明した時には海人草(かいにんそう)を煎じて飲ませた。<島>の人々は日常的にさまざまな植物を使って病気を治しているようである。

 

游娜によれば、<島>では16歳が成人とされていて、子供が成人すると<オヤ>を離れ、自分の家を持つことになっているらしい。誰がどの家に住むかは、本人の希望に基づき、<ノロ>と呼ばれる<島>の指導者たちが決めるという。今は誰も住んでいない家も、将来誰かが入居することになる。もちろん、除草や清掃などはその時の入居者の仕事になる。

 

「宇実?」游娜が宇実を振り返りながら首を傾けた。「あたまのうえに、くもがいる。かなり、おおきい」宇実は自分の頭のてっぺんを指差しながら、震える声で言った。「こは絡新婦(らくしんぷ)、毒無ラー、怖い無ベー」ふと男の子の声がした。目を凝らすと、同い年くらいの少年がいつの間にか游娜の隣に立っていて、手を伸ばすと素早く游娜の頭からその毒々しい絡新婦(ジョロウグモ)を引き剝がし、掌に乗せた。少年も游娜みたいな健康的な肌色をしていて、長い髪は簪で後頭部にまとめている。<島>では性別に関係なく、長髪の人も短髪の人もいるらしい。

 

「拓慈(タツ)!」游娜は少年の名前を呼んだ。「リー、何故ここに在するアー?」「東集落に用事有したアー。ノロたち馬上回来(もうすぐ帰ってくる)ゆえ、刀磨くために去した」彼の声は少しかすれていて、声変わり中のようだった。拓慈はそれから地べたに座ったまま宇実に視線を向けた。「ター、誰ア?見た顔に非ず」「ター・・・説明するば長い」「ニライカナイより来したダー?」急に拓慈は宇実を指差しながら、激昂したように語調を強めた。游娜は不服そうに言い返した。「でも真に海の向こうより来したマー! 嘘に非ず!」

 

ややあって、拓慈は口を開いた。「<島>の外から来たのに、なぜ女語が話せる?」宇実がその質問の意味を理解する前に、游娜が先に答えた。「女語に非ず、ひのもとことばラー!」「ひのもとことば? そは何? 聞きしたこと無」と拓慈が言った。「はっきり おぼえているわけではないけど、わたしが すんでいたところでは、たぶん このことばが はなされていたようとおもう」と宇実が説明した。「やっぱり女語じゃん! しかも游娜よりずっと上手!」

 

高等部では生徒の志望職業に合わせた職業訓練が行われている。例えば拓慈は屠戸(トゥフ 屠畜者)になるための訓練を受けている。高等部の女子だけ月に一回、満月の夜に各集落の<御獄嶽(うたき)><聖地>に集まり、ノロから直に女語の訓練を受けることになっている。女語は女性のみが習得を許される言語であり、歴史の伝承を受け継ぐための言葉である。女子が成人すると歴史の伝承を受け継ぐ機会を得ることができ、大ノロから認められ、歴史を習得した人は<歴史の担い手>、つまり<ノロ>になることができる。

 

ノロは全員女性で、<島>の指導者であり、歴史の担い手であり、また各種祭礼の司祭でもある。ノロの中でも最も女語が上手く、知識と経験が豊富な女性は大ノロとして尊敬されている。今はちょうど<マチリ>と呼ばれる年一回の祭典期間中に当たるため、ノロたちは集落を離れ、<島>の各地に点在する御嶽を回って一か月がかりの祭祀を行っている。<マチリ>期間中は殺生と肉食が禁じられているが、あと数日でマチリは終わり、ノロたちが集落に戻ってくる。

 

そのとき肉食も解禁されるので、拓慈は牛や豚を解体する時に使う包丁を研ぐために東集落に来ているのである。拓慈も歴史の担い手に憧れるが、女語の講習会には参加できないので、あちこち仲の良い女友達から教材やメモを借りて、大人に隠れて独学している。それだけで游娜より遥かに上手になったという。

 

途中ですが、とりあえず今日はここまで…


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