Bunkamuraル・シネマで、ダニエル・シュミット監督の「ヘカテ」を観てきました。
あの辛口の映画評論家、蓮實重彦が好意的なコメントを残しています。
求めあう男女がとりわけ大きな悦びを享受するのは、
素肌で交わることにもまして、ラフなドレスをまとったままの女を、
衣服を脱ごうともしない男が背後から抱擁することによってである。
それにふさわしい懐古的なワルツのリズムと、
二階の欄干という宙吊りの空間とを二人に提供することで、
ダニエル・シュミットは、もっとも心に浸みる忘れがたいラブシーンを
映画の歴史に刻みつけてみせた。
この場面、必見である。
− 蓮實重彦(映画評論家)
良くも悪くもフランス映画です。戦前のことを描いているんですが、決して古びていません。今でも十分通用します。ほとんど仕事はしないで、女狂いの生活の外交官。北アフリカの植民地なんか、あんなものだったんでしょうね。しかし、何もしないという選択がなぜか功を奏して、後日、出世するだから、人生捨てたもんじゃない。
「ヘカテ」とは?
タイトルの「ヘカテ」とは、ギリシャ神話の魔術と冥府の女神の名に由来しています。魔術の支配者であるヘカテは、狂気や死を司る女神で、劇中でも語られている通り、ジュリアンが自身を破滅へと導く(と思い込んでいる)クロチルドのすがたと重なります。また冥府神とは、夜と暗闇、浄化と贖罪を司るもので、それらに着想を得た本作も夜のシーンが、象徴的な光と闇の平衡を描いています。
映画『ヘカテ』あらすじ感想評価と内容解説。Writer : 滝澤令央
ウィリアム・ブレイクの絵画《ヘカテー(1795)》テート・ブリテン所蔵
以下、KINENOTEによる。
解説:
フランス植民地のある北アフリカの砂漠の町を舞台に領事館に赴任してきた若い外交官と人妻との恋を描く。「ラ・パロマ」(74)、「ヴィオランタ」(77)などのダニエル・シュミット監督の日本初公開作品で製作・脚本も自ら担当。共同脚本はパスカル・ジャルダン。原作はポール・モーランの『ヘカテとその犬たち』。撮影はシュミットの長編全作品を手掛けているレナート・ベルタ、音楽は「インディア・ソング」(75)のカルロス・ダレッシオ、編集はニコール・ルプシャンスキー、美術は76年の「天使の影」以後のシュミット作品を手掛けているラウール・ヒメネス、衣裳はパブロ・メシャン、デリカ・カンセラ、クリスチャン・ディオール(ジロドーの衣裳)が担当。出演はベルナール・ジロドー、ローレン・ハットン、ジャン・ブイーズ、ジャン・ピエール・カルフォン、ジュリエット・ブラシュなど。
あらすじ:
1942年、スイスのベルン。フランス大使館主催のパーティの人混みの中で、ある男がひとりもの想いに沈んでいた。その男ジュリアン・ロシェル(ベルナール・ジロドー)は、10年前、北アフリカの何処か、フランスの植民地であるその土地に外交官として赴任した。上司のヴォーダブル(ジャン・ブイーズ)のもとで、秘書や生活に必要なものは全て揃ったロシェルの生活は熱い太陽の影響もあり、退屈なものだった。ある日のパーティで、ジュリアンは、テラスで風に吹かれている一人の女性に目を奪われた。シルクのドレスを着たその女クロチルド(ローレン・ハットン)は、ジュリアンの視線に気がつき、二人は知り合った。その日から、二人は乗馬、食事を共にし、恋の情熱に身をまかせた。彼にとって、彼女は理想的な女だった。ある時は友だち、ある時は恋人、貴婦人、そしてある時は娼婦……。やがて、彼はクロチルドに大きな秘密があることを知った。それが秘密と呼んでいいものなのか、彼自身にもわからないのだが。彼は、ギリシャ神話に登場する女神ヘカテを思い浮かべた。犬を従えて闇を歩く夜の魔女ヘカテ-。クロチルドは、土地の少年と親密な関係をもっているようだ。ジュリアンが、彼女に問いかけ出した時、彼女は彼のもとを去った、必死に追い求める彼は、嫉妬からその少年を虐待した。その事件で辞任を迫られ、彼はシベリアに赴任した。そこで同じく赴任していた彼女の夫に会った。二人は、彼女から同じ愛の苦しみを与えられ、それから解放される日を待たなければならなかった。そして、今、ベルン。回想から現実に戻ったジュリアンは、そのパーティの会場で、以前と変わらぬクロチルドに会った。黒いドレスの彼女は微笑んでいう。「今は何も言わないで、ことばは何の役にも立たないの」。
「ヘカテ」公式サイト