「光源氏の恋の遍歴を壮大なスケールでつづった王朝文学の傑作」と今回のチラシにあるのですが、「源氏物語」は、僕は今に至っても読んだことがありません。2010年11月、たぶん、五島美術館が改修工事で休館になる前の、開館50周年を記念して開催された「国宝源氏物語絵巻」展を、なんの素養もない僕にとっては猫に小判ですが、その評判を聞いて観に行ってきました。
平安時代に誕生した「源氏物語絵巻」は、鎌倉時代、室町時代にかけての行方は明らかではないそうですが、江戸時代には3巻強(10帖分)が尾張徳川家に、1巻弱(3帖分)が阿波蜂須賀家に伝わっていたという。現在、徳川家本は愛知・徳川美術館が所蔵、蜂須賀家本は五島美術館が所蔵しています。「国宝源氏物語絵巻」展は、愛知・徳川美術館と、五島美術館が所蔵する国宝「源氏物語絵巻」のすべてを集め展示するという、今思うと驚くような展覧会でした。
五島美術館で「国宝源氏物語絵巻」を観た!
「伊勢物語」は、新潮日本古典集成という全集のうちの一巻を、「古今和歌集」「新古今和歌集」とともに、いつも手元に置いて見ていたのですが、その三冊が数年前からどこへ行ったのかいくら探しても見当たりません。そんなわけで「伊勢物語」については多少は知ってはいるのですが、いかんせん僕のことですから、上っ面だけの理解のとどまっているのが実情です。
今回の出光美術館の「源氏絵と伊勢絵―描かれた恋物語」は、「源氏物語」誕生には、在原業平と目される男の一代記である「伊勢物語」が多くの着想を与えたと言われており、このような密接な関係はそれぞれの物語を描いた絵画―源氏絵と伊勢絵にもおよぶ、とチラシにあります。今年は、桃山時代、優れた源氏絵を残した土佐光吉(1539-1613)の没後400年にあたるということで、源氏絵と伊勢絵という二つの物語絵の豊かなイメージの交わるところの新鮮な魅力を探る、というのが展覧会の主旨のようです。ふと考えてみると、このような源氏絵と伊勢絵をテーマにした展覧会は、初めてのような気がします。
図録には巻頭論文が二つ載っていますが、それはここでは飛ばして、「源氏物語あらすじ」と「伊勢物語あらすじ」を見る。「源氏物語」は「源氏物語図屏風」の60の場面を配置し直し解説を付けたもの、「伊勢物語」は「伊勢物語色紙貼交屏風」の49図を配置し直し解説を付けたものです。これは物語の概要をつかむ上で、僕のようなものでも、非常に分かりやすい。
図録によれば、伝土佐光吉「源氏物語図屏風」六曲一双は、画面を金雲によって規則的に分節し、そこに「源氏物語」の各帖から取り出した場面を並列する屏風絵で、「五十四帖屏風」と呼ばれる形式です。やはり図録によれば、土佐派「伊勢物語色紙交屏風」六曲一双は、朝顔棚を描いた六曲一双の屏風の上に、「伊勢物語」に取材した複数の色紙を貼ったもので、右隻に25葉、左隻に24葉、計49の場面が貼られています。その図数は嵯峨本「伊勢物語」と一致し、各色紙に用いられた図様もほとんど一致するという。いずれにせよ源氏絵と伊勢絵の双方に土佐派の絵師が果たした役割は大きい、という。
展示会場のトップを飾るのは、岩佐又兵衛の「源氏物語野々宮図」と「在原業平図」です。「源氏物語野々宮図」は、「源氏物語」の賢木(第十帖)の場面を水墨を主体に描いたものです。周りに秋草が茂る黒木の鳥居の下、佇んで前方に視線を送る光源氏。晩秋の頃、伊勢下向をひかえたかつての恋人・六条御息所を嵯峨の野宮に訪ね、榊のように変わらない恋慕の情を伝えようとするところです。
一方、「在原業平図」は、左手に弓を握り、狩衣姿で身をよじる在原業平を描いています。全体は総じて淡彩によって仕上げられていますが、ところどころに効果的な金泥や強い絵具を加えています。画面上部に記されているのは、「伊勢物語」第八十八段にも登場する業平の和歌で、年をとった男たちが集う月見の場で、月日の計かを人間の加齢にこと寄せて読んだものです。
最後を飾るのは、酒井抱一「八ッ橋図屏風」六曲一双で、左右の画面を横断する橋の周囲に、群生するカキツバタを鮮やか野群青と緑青で描いています。尾形光琳によって手がけられた同じ主題の屏風に基づき、その際限を試みたものです。都に住みづらくなった主人公が、東国へ向けて旅をする「伊勢物語」第九段。旅の途中、男は三河の国の八橋で華やかに咲き誇るカキツバタを目にし、この花の名の五文字を各句の頭にして歌を詠みました。「からころもきつつなれにしつましあれば はるばるきぬるたびをしぞおもふ」。この絵のように登場人物の姿をいっさい描かずに物語の情景を表したものを、「留守模様」といいます。
展覧会の構成は、以下の通りです。
1.貴公子の肖像―光源氏と在原業平
2.源氏絵の恋のゆくえ―土佐派と狩野派
3.伊勢絵の展開―嵯峨本とその周辺
4.物語絵の交錯―土佐光吉の源氏絵と伊勢絵
5.イメージの拡大―いわゆる〈留守模様〉へ
1.貴公子の肖像―光源氏と在原業平
2.源氏絵の恋のゆくえ―土佐派と狩野派
3.伊勢絵の展開―嵯峨本とその周辺
4.物語絵の交錯―土佐光吉の源氏絵と伊勢絵
5.イメージの拡大―いわゆる〈留守模様〉へ
「源氏絵と伊勢絵―描かれた恋物語」
2013年は、桃山時代に源氏絵をリードした絵師・土佐光吉(1539~1613)の没後400年にあたります。そこで、この展覧会では光吉とその時代の源氏絵を、源氏絵に近接する物語絵画、とりわけ伊勢絵との比較によってとらえなおします。11世紀はじめに成立した『源氏物語』は、そこからほとんど時を経ずに絵画化されるようになったといわれます。成立からおよそ1千年を経過した今なお、金銀や極彩色によって飾られた王朝の恋模様は、多くの人々を魅了してやみません。ところで、『源氏物語』が、登場人物の設定や各帖の内容において、先行するいくつかの文学作品に着想を得ていることはよく知られます。在原業平と目される「男」の一代記『伊勢物語』も、その重要な発想源のひとつでした。それぞれの物語の主人公・光源氏と業平は、互いに天皇の血を引く生い立ちや、知性と美貌をかねそなえるところを通わせるほかにも、ヒロインの立場や恋の顛末など、物語の筋にもよく似た部分がいくつも見られます。今回は、テキストに認められる密接な関係をそれぞれの絵画にも当てはめ、光吉を中心とする17世紀の源氏絵と伊勢絵との間に、図様や表現を通わせている例を見出します。その上で、当時の公家たちの注釈理解などを手がかりに、このような交響の理由を探ります。この展覧会は、これまで別々に展示されることの多かった源氏絵と伊勢絵を一望のもとにとらえ、それぞれの新鮮な見方を紹介するものです。
土佐光吉没後400年記念
「源氏絵と伊勢絵―描かれた恋物語」
平成25年4月6日発行
編集発行:公益財団法人出光美術館
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