出光美術館で「江戸の狩野派―優美への革新」を観てきました。観に行ったのは11月12日、開催初日のことでした。400年以上にもわたる狩野派の歴史のなかでも、徳川幕府の御用絵師として活躍した“江戸狩野”に焦点を当てた展覧会です。“狩野派”というと思い出されるのは、板橋区立美術館で開催された「狩野派SAIKO!~再興!最高!再考?狩野派再点検~」です。タイトルからして異常に力が入っています。なにしろ館長があの安村敏信ですから・・・。
板橋区立美術館で「狩野派SAIKO!~再興!最高!再考?狩野派再点検~」を観た!
安村敏信の「江戸絵画の非常識 近世絵画の定説をくつがえす」を読む!
室町時代から江戸時代にかけて、幕府の仕事を一手に請け負ってきた絵師の専門集団である狩野派を、「創造性がない」と批判することも数多いが、安村は狩野派を擁護し、これに反論しています。それが「江戸絵画の非常識」の中の常識その三「江戸狩野派は粉本主義によって疲弊し、探幽・常信以降は見るべきものがない。」の中で、その「常識」に反論しています。例えば「粉本をつくらずして流派が成り立つのだろうか」とか、狩野典信の「大黒図」を取り上げ、狩野派が本来もつべき漢画の力強い墨線の復活によって、江戸狩野派を再生しようという変化への意志が感じられる画家である、としています。
それはそれとして、板橋区立美術館のテーマと共通する、しかし出光美術館では館蔵品を中心に、優美・瀟洒な絵画によって新しい時代を切り開いた狩野探幽に焦点を当てています。前代の狩野派絵画との比較展示や、円山応挙らに先駆けする風景や草花等の写生図の他、さまざまな探幽の作品を展示し、探幽芸術の創造性や革新性が紹介されています。
探幽のなにが革新性なのか、それを宗像晋作は図録で「余白への意識」だと指摘しています。最初に探幽25歳の作例である「二条城二の丸御殿障壁画」を挙げて、初期の重要作ではあるが、これはまだ永徳様式の影響が強い。その後、33歳で描いた「名古屋城上洛殿水墨壁画」では、大きな余白を生かした瀟洒な画風へと一変したという。40歳では「大徳寺本坊方丈壁画」や、翌年の「聖衆来迎寺客殿障壁画」など、意識して余白を大きく取り入れています。
今回の展覧会では、伝狩野元信筆「花鳥図屏風」と、探幽筆「叭々鳥・小禽図屏風」が比較展示されているので、一目瞭然です。また、「叭々鳥・小禽図屏風」は、狩野派の流派様式に変革を迫ったと、宗像はいう。探幽の作品では、絵画の構成要素となるモチーフが厳選され、大きな余白自体が表現上の重要な一要素となっている。たとえば右隻は、竹林、枯木、叭々鳥、渓流のみで構成され、特に渓流の表現は、画面左下に薄墨で曲線的な流れが軽妙に描かれているのみです。しかし、何も描かれていない余白が、左奥へ渓流の湿潤な光景が続いていくことを予見させていると、宗像は指摘しています。
左隻については、画面左端に松樹の樹幹と枝のごく一部のみが描かれています。この絵画空間の中では、かなり近景に位置するにも関わらず、樹木はごく一部が描かれるのみである。しかし、ここでも余白が視覚的な不合理を解消するかのように、鑑賞者を松籟の聞こえる湿潤な渓谷の中に導いてくれる。先の伝元信屏風のような、前時代の狩野派の饒舌な様式に比べれば、何ともあっさりとした軽妙なスタイルである。伝統的な狩野派においては、突如として実に大きな変革といえるだろう、と宗像はいう。
展覧会の構成は、以下の通りです。
Ⅰ章 探幽の革新―優美・瀟洒なる絵画
Ⅱ章 継承者たち―尚信という個性
Ⅲ章 やまと絵への熱意―広がる探幽の画世界
Ⅳ章 写生画と探幽縮図―写しとる喜び、とどまらぬ興味
Ⅴ章 京狩野vs江戸狩野―美の対比、どちらが好み?
徳川幕府の御用絵師だった探幽は、江戸城の障壁画制作の仕事を請け負っています。西の丸(天保10年=1839再建)と、本丸(弘化2年=1845再建)の再建時に描かれた障壁画下絵(狩野義信筆)が現存し、どちらにも探幽が描いた焼失前の障壁画の絵様を忠実に写し取った箇所があります。東京国立博物館蔵の狩野芳信による「江戸城本丸等障壁画絵様」(西の丸 中奥 御坐の間 下段の間)と、「江戸城本丸等障壁画絵様」(本丸 表 大広間 四の間)がそれにあたります。
参考図:狩野派 略系図
Ⅰ章 探幽の革新―優美・瀟洒なる絵画
信長や秀吉の時代が終わり、江戸の地を掌握した徳川新政権が動きだし、探幽はこの転換期をうまく乗り越えて、徳川幕府の御用絵師になりました。掛軸にみる平明で親しみやすい作風は、優美さと軽やかさを旨とする清新な画趣を生み出します。また、大画面の屏風は、大胆な余白が取り込まれた瀟洒で洗練された作品を創り上げました。
Ⅱ章 継承者たち―尚信という個性
探幽の絵画を継承した次弟・尚信や、末弟・安信は江戸狩野の草創期を牽引しました。特に尚信は筆勢のある大胆な筆致と、濃淡を自在に用いた瑞々しい墨技が見どころです。単なる図様や画題の継承のみに終始せず、尚信自身の解釈を盛り込もうとする柔軟な作画姿勢がうかがえます。安定した筆力を示す安信とあわせて、江戸狩野の多様性を追求しました。
Ⅲ章 やまと絵への熱意―広がる探幽の画世界
狩野派は、中国の宋・元・明時代の絵画を手本とした漢画派ですが、日本古来のやまと絵にも学び、和漢融合した様式を創ってきました。探幽は、特に30代後半頃よりやまと絵に傾倒し、土佐派に学んだ精緻な細密画法を駆使し、小画面に細やかな画趣が溢れています。また大画面の屏風作品にも、やまと絵の流麗な筆描を応用し、優美な情趣が込められています。
Ⅳ章 写生画と探幽縮図―写しとる喜び、とどまらぬ興味
探幽の画業で注目されるのは、自然の風光や動植物をスケッチした写生画です。円山応挙に、一世紀先駆けることになります。探幽の絵師としての眼は、、写生が本画制作に影響したと考えられる作品と、古画の模写や草花スケッチを含む探幽縮画にも目を向け、探幽の多様な作図のあり方と、その作図姿勢を受け継いだ常信の作品が展示されています。
Ⅴ章 京狩野vs江戸狩野―美の対比、どちらが好み?
徳川政権が確立した後、江戸に新出せず、京に留まった京狩野は、装飾性豊かな画風を代々継承しています。京狩野の三代目・永納は、初代・山楽や、二代・山雪の画風を受け継ぎ、濃密な画趣を特徴とする作品を描いています。画面構成の手法や、モチーフ描法を観察すると、絵師の美意識が、瀟洒な江戸狩野とは異なることが分かります。京狩野と江戸狩野、両者を比較すると、各々の特徴がみえてきます。
「江戸の狩野派―優美への革新」
狩野派は、始祖の正信(1434~1530)が室町幕府の御用絵師となったことに端を発し、以降も血縁を基本としてその地位と画法を継承し、およそ400年の長きにわたって画壇の中心的な存在であり続けた日本絵画史上の最大画派です。この展覧会では、こうした狩野派の中でも、“江戸狩野”に焦点をあてています。江戸時代になると、徳川幕府の御用絵師としての地位を確立した狩野派の本拠地は、江戸の地に移りますが、京に残った“京狩野”に対して、これを“江戸狩野”と呼んでいます。この江戸狩野の祖となったのは、狩野探幽(1602~74)でした。画才豊かであった探幽は、祖父・永徳(1543~90)同様に時代に適う新様式を創りました。それは余白をいかした優美・瀟洒な絵画様式であり、限られたモチーフで詩情溢れる豊かな空間をつくることに特徴があります。探幽の画風は、尚信(1607~50)、安信(1613~85)、益信(1625~94)、常信(1636~1713)といった、江戸狩野の各絵師たちに継承されていきます。探幽の絵画様式を継承した江戸狩野の絵師たちは、“独創=芸術”という概念が一般的となる近代以降に、粉本主義(手本の模写ばかりを重視すること)という言葉で、厳しく非難されてきた歴史があります。しかし、画派としての“型”の継承を重視しつつも、それぞれに個性的な絵画作品を制作した絵師は少なくありません。本展では、探幽の写生画や模写を含むさまざまな絵画作品を特集し、新時代を拓いた探幽芸術の革新性や、その旺盛な創造力をご覧いただくとともに、江戸狩野の草創期に活躍した他の重要な絵師たちの作品にも目を向けながら、探幽をはじめとする“江戸狩野”が、本来もっている清新な魅力を再発見いたします。
編集・発行:
公益財団法人出光美術館
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