槙文彦の「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」と題する論文が、建築家仲間の間で話題になっていたので、JIA機関誌JIA8月号に載っていたものをネットで読んでみました。
「JIA」とは公益社団法人日本建築家協会のことで、建築の設計を行う建築家の団体です。かつてはエリート建築家の団体で1000人程度しか会員はいませんでしたが、ある時から丹下健三を会長にして会員拡大を行いましたが、それでも4300人ほどしか会員はいません。つまり、建築家の職能向上を目指すとはいえ、エリート集団というわけです。僕も一時期会員になっていましたが、やや鼻につくエリート意識と会費の高さで、退会しました。
槇は、今から30年ほど前のプロポーザルで獲得した「東京体育館」の設計について語り、発表された「新国立競技場」案のパースを見て、美醜や好悪を越えてスケールの巨大さに驚いたという。上に載せたパースの右下にあるのが東京体育館で、新国立競技場の巨大さは一目見て分かります。また槇は、絵画館が埋没していることや、JRの線路上に伸びていることにも首を傾げます。つまり新国立競技場は、神宮外苑の歴史を無視していることに批判を集中します。
日本の人口は年々減少に向かっている現在、8万人の観客を収容する全天候型の施設を要求していることに、プログラムの不備を追求しています。17日間の祭典に最も魅力的な施設は、必ずしも次の50年間、人々にとって理想的なものだとは限らない、と断言しています。一般的にも、今オリンピックなんかやっている場合じゃないだろう、という意見も数多くあります。
槇は日本に市民社会は成立したのだろうかという問いを、自身のパナティナイコの競技場の歴史や、バーゼルでのリファレンダム、フローニンゲンでの体験を交えて提出します。国際コンペの特色は“お上”の一部の有識者がそのプログラムを作成し、誘導してきた。そこには地域の濃密な歴史的な文脈の説明はまったくなかった。もしこれがスイスであれば、プログラムに対してリファレンダムが行われ、市民によるジャッジが行われる、という。
槇は、2012年9月号の「新建築」に「漂うモダニズム」として、建築が建築家の手を離れたあとの社会性、社会的価値について述べています。その後、その延長上で具体的な例として新国立競技場案を取り上げ、その社会性のあり方を考察しています。それが今回の論文「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」になったわけです。
槇は、「9月20日以降」として、二つのシナリオを提出しています。まず17日間のスポーツの祭典が東京で行われるというシナリオと、もう一つは東京ではないというシナリオです。現在では、2020年のオリンピックが東京に決定したことは誰でも知っていますが、槇の論文が書かれたのは、東京決定以前のことです。しかし、ここまで官僚に積み重ねられて、“お上”に決められて外堀を埋められては、槇文彦といえどもどうしようもありません。
一つのオプションとして、ザハ・ハディドとロンドンのメインアリーナを担当した事務所によるロンドンチームに、それに基本設計当初から外苑の歴史、環境、法規を熟知した建築家、耐震構造、日本の施工技術に精しい人々からなる日本チームを参加させることがよりよい結果を生むと思う、として、お茶を濁しているのは残念です。たしかに今となっては時すでに遅しの感がありますが・・・。
いずれにしてもこの問題は、一部の建築家では話題になっていますが、一般的にはほとんど話題にものぼっていません。槇はインタビューに答えて、次のように言います。
昔から「もの言えば唇寒し秋の風」のその秋風が今でも吹いているのではないでしょうか。一老建築家がこのようなエッセイを書かなければならなかったその背後にある我々の建築文化の風土について、少し皆で考えてみることができればいいことだと思っています、と。
槇文彦:略歴
1928年 東京生まれ
1952年 東京大学工学部建築学科卒業
1953年 クランブルク美術学院修士課程修了
1954年 ハーバード大学修士課程修了
1956年~61年 ワシントン大学準教授
1962年~65年 ハーバード大学準教授
1979年~69年 東京大学工学部建築学科教授
1965年~ (株)槇総合計画事務所代表
現在、日本建築家協会会員、アメリカ建築家協会名誉会員、英国王立建築家協会名誉会員
主な受賞
1963年、85年 日本建築学会賞
1987年 レイノルズ賞
1988年 ウルフ賞
シカゴ建築賞
1990年 トーマス・ジェファーソン建築賞
1993年 プリッツカー賞
UIAゴールドメダル
プリンス・オブ・ウェールズ都市計画賞
IAITAクォーターナリオ賞
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