僕の家の近所、東急世田谷線が環状7号線と交わるところ、若林に「赤目製作所」という看板のかかった民家がありました。この家が荒戸源次郎監督の「赤目四十八瀧心中未遂」の制作事務所でした。大森立嗣は「赤目・・・」で助監督をやっていたと僕は思い込んでいたのですが、ウィキペディアによると「赤目・・・」の「制作・公開に携わる」とだけありました。大森立嗣監督のデビュー作、花村萬月原作の「ゲルマニウムの夜」の、製作・総指揮は荒戸源次郎でした。
大森立嗣にとって、荒戸源次郎は師となる人で、そのすべてを受け継いでいるように思われます。大森立嗣の父親は舞踏家の麿赤兒、弟は大森南朋です。大西信満は「赤目・・・」の時は、大西滝次郎の名で寺島しのぶとともに主役を演じていました。大森南朋は赤坂真理原作の「ヴェイブレータ」で、寺島しのぶと主役を演じていました。新井浩文は「ゲルマニウムの夜」では、主役の「朧」を演じていました。つまり彼らはすべて「荒戸学校」あるいは「赤目学校」の出身でもあります。
映画監督大森立嗣も、デビュー作の 「ゲルマニウムの夜」(2005年)以来、「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」(2010年)、「まほろ駅前多田便利軒」(2011年)とヒットが続き、今回「さよなら渓谷」(2013年)が公開されました。2008年7月にこのブログに書いた、吉田修一の「さよなら渓谷」を読む! が、ここ1ヶ月ほどの間、毎日とんでもないアクセス数を数えています。映画「さよなら渓谷」の大ヒットの前触れかもしれません。
そんなこともあって、公開が待たれていた大森立嗣監督の「さよなら渓谷」を観てきました。チラシには「この切なさに、胸がうずく。」とあり、「本年度、最も衝撃的で濃密なラブストーリー」と続けています。原作者の吉田修一は「これは、壮絶な物語ではなく、壮絶な物語の中へ落ちていった男と女の姿を描いた映画なのだと思います」と語っています。以前、以下のように書きました。
どうしても前作「悪人」と比較されてしまいがちですが、それもしかたがない。読後、こんな言い方が妥当かどうか判りませんが、テーマの奥底に流れる「人間観」は同じなんだなと思いました。端的に言えば、「負」、つまりマイナスとマイナスがくっつくということが、逆にどうしようもなく「人間らしさ」を表しているように思いました。
渡辺は「女は復讐するために、憎悪する男に抱かれることができるのか」と、疑問を浮かべます。「いったい何があったのか。何が本当で、いったい何が嘘なのか?」。「私が決めることなのよね」と、かなこは呟きます。渡辺が渓流沿いに河原へ出ると、水辺に尾崎が立っていました。「彼女なら、数日前に出ていきましたよ。置き手紙がありました」と尾崎は言います。「さよならって、そう書いてありました」。「幸せになりそうだったんですよ、俺と彼女」、「だったら、なればいいじゃないですか」、「無理ですよ。一緒に不幸になるって約束したんです。そう約束したから、一緒にいられたんです」。
姿を消せば、許したことになる。一緒にいれば、幸せになってしまう。大きく息を吐いた尾崎は「俺は、探し出しますよ。どんなことをしても、彼女を見つけ出します。・・・彼女は、俺を許す必要なんかないんです」と尾崎は呟きます。2人で幸せになってもいいじゃありませんかとそう叫びたいのに、渡辺にはどうしてもそれが言えません。「もし、あのときに戻れるとしたら、あなたは、また彼女を・・・」、そんな質問が渡辺の口から漏れます。哀しいラストですが、希望はあります。
主演の真木よう子の、薄幸な姿が涙を誘います。大西信満の真木よう子を見る目は、あくまでも優しい。大森南朋が、この重いテーマを持った物語を、しっかりと支えています。原作者の吉田は、以下のように語っています。「運命の相手」とこれ以上ない不幸な出会い方をしてしまった男と女。言い換えれば、不幸な出会い方をしたからこそ、互いの「運命の相手」になりえた男女を描いたと言えるかもしれません、と。
素人の目でみた映画技法的な感想を一つ。あまりにも饒舌な作品が多い中、大森の「さよなら渓谷」は饒舌に陥りません。語り口はサスペンスに満ちていながら、あくまでも淡々としています。そして一瞬の間があるシーンが多い。これが効いていると思います。
以下、とりあえず「シネマトゥデイ」より引用しておきます。
チェック:『悪人』『横道世之介』などの原作者として知られる芥川賞作家・吉田修一の小説を、『まほろ駅前多田便利軒』などの大森立嗣監督が映画化。幼児が殺害された事件をきっかけに暴かれる一組の夫婦の衝撃的な秘密を描きながら、男女の愛と絆を問う。愛と憎しみのはざまで揺れるヒロインの心情を、『ベロニカは死ぬことにした』などの真木よう子がリアルに体現。その夫役には『キャタピラー』などの大西信満がふんするほか、大森監督の実弟である大森南朋をはじめ、井浦新、新井浩文ら実力派が名を連ねる。
ストーリー:緑が生い茂る渓谷で幼児の殺害事件が発生し、容疑者として母親が逮捕される。隣の家に住んでいる尾崎俊介(大西信満)がその母親と不倫していたのではないかという疑惑が、俊介の妻かなこ(真木よう子)の証言によって浮かぶ。事件を取材する週刊誌の記者、渡辺(大森南朋)がさらに調査を進めていくうちに、尾崎夫妻をめぐる15年前の衝撃的な秘密にたどり着き……。
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