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川上弘美の「なめらかで熱くて甘苦しくて」を読んだ!

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とんとん・にっき-hyou3

川上弘美の「なめらかで熱くて甘苦しくて」(新潮社:2013年2月25日発行)を読みました。カバーの装画は、萬鉄五郎の「かなきり声の風景」(山形美術館蔵)です。発売と同時に購入し、一度は読み終わっていたのですが、なかなかブログに書けなくて、再度読み直して書いています。


「なめらかで熱くて甘苦しくて」というタイトルは艶めかしい。この短編集は、「aqua」「terra」「aer」「ignis」「mundus」の5篇から成っています。水、土、空気、火、宇宙、といったところ。東日本大震災の後「神様2011」を書いた以降か、今までの川上弘美の作品とは、かなり違った作品になっています。


巻頭の「aqua」は、田中水面と田中汀という二人の女の子の話。「terra」は、大学生の沢田とわたしが、事故死した加賀美の納骨のために遠出するという話。「わたしたちはかさなる」「長くまじわる」。「aer」は、出産経験者ならではの作品。腹の中にいるときは最初アカシと呼んでいたが、出てきたしろものの名前をアオにします。「ignis」は、伊勢物語を下敷きにした都落ちの話。男女、青木とわたし、30年間の葛藤を描いた作品。最後の「mundus」は、ブリキの箱を裏庭に埋め30年後に箱を掘り出したが、中には何も入っていなかった。洪水が起こり、それでもそれは橋を渡ってきた。大震災の影がちらつきます。


きっかけは、作家になる前に年長の友人から聞いた「恋愛って要するに性欲なのよね」という言葉だったという。「なるほどそうかもしれないって。でも、考えてみると、恋愛する前も恋愛してからも、頭だけで考えていては分からない、何か体の中から自分を動かすものがあるな、と。もちろん性欲という一つの言葉には収まりきらないのだけれど、いつか書いてみたいと思ったんです」と、川上弘美は言います。(「本よみうり堂」より)


とりあえず巻頭の作品のみ、簡単な「あらすじ」をまとめてみました。
aqua
物語は東京の西の郊外の町。田中水面(みなも)と田中汀(みぎわ)、同じ田中という苗字の二人が出会ったのは、水面が埼玉から引っ越してきた小学校3年生のとき。帰りに校門を出たところで、「あたしも田中っていうのよ」と、田中汀は近寄ってきて、「あたし、前世の記憶があるの」と突然に言いました。教室ではほとんど言葉は交わさないが、それから毎日一緒に帰るようになります。汀の家があまり豊かでないことが、水面にうすうすわかってきます。4年生になると水面と汀は違うクラスになったが、6年生になるとまた水面と汀は同じクラスになります。以前はおかっぱだった汀は肩よりも長く髪を伸ばしていました。水面と汀は同じ身長、同じ体重でした。体育館の鏡にうつった姿は姉妹か、ふたごのように見えました。水面はまだ生理が始まっていない。汀の背中をこっそりうかがうと、汀はもうブラジャーをつけています。クラスの半分以上の女の子は、すでに生理が始まっていました。汀がどちらなのか、水面には見当がついていません。クラスの女子で受験するのは4人。水面は受験したくなかった。同じ社宅の子供たちはほとんど公立の中学に進んでいた。「私立に入っておけば、転勤があってもまた帰ってきてから簡単に編入できるから」、水面の母清子はそういって父の三津夫を説得した。清子は近所づきあいを、ほとんどしなかった。社宅の噂を最初に聞いたのは、水面が引っ越してきた3年生の頃でした。行方不明になった子供がいる。5年生になったとき、また同じ噂が、子供の性別と住んでいた棟がつけくわえられて、再燃しました。受験の結果は水面は補欠だったが、結果発表の翌日に入学許可の電話がきました。お手洗いに行くと、初潮がきていた。清子は夕飯に赤飯を用意した。新しい中学校までは、電車で50分ほどかかった。中学2年の夏休み、水面は久しぶりに図書館の駐輪場で、汀に会いました。畑だった土地を売って、汀の家が建て直されたのは、6年生の頃だった。一緒にソフトクリームを食べに行くと、店員はお金を受け取らなかった。「あたしのこと、好きなの、あいつ」と汀は言う。「つきあってるの」と水面が聞くと、汀は首をふって「だってあたし、ほかに好きな人がいるもん」と言い、それは「地理の先生」だと汀は言います。明日、うちに遊びにこないと、汀は誘います。汀の部屋は、慣れない匂いがしました。揮発性の塗料のほの甘い匂いを、うんと薄めたような匂いでした。中2の冬に、水面はまた社宅のうわさ話を聞いた。社宅のD号棟に住んでいた小学生の女の子が行方不明になった3ヶ月後に奥多摩の山林で、死体が発見された。死亡してまだ数日という推定の死体は、衣服をつけていなかった。これ、知ってると古い新聞の切り抜きを見せてくれたのは、汀でした。「昭和33年って、わたしたちが生まれた年ね」と水面がつぶやくと、汀は頷いた。衣服をつけていなかった、ということの意味が、水面にもうすうすわかるようになっていた。高校から私立の男子校に入った立山洋太は、うちの文化祭にこないと、水面を誘った。セックスってどういう感じのものなんだろうと、水面はときおり想像し、夢に見たこともあります。なぜだかお風呂に入っていて、その中でおないどしくらいの男の子とセックスをするはめになっているのだった。あっ、セックスをした、と思って、感触をたしかめると、それは太い便が出るときとまったく同じ感触なのだった。男の子には、実際のところ、興味がなかった。田中汀がシンナーをやっている、という噂を水面は聞いた。汀の部屋を訪ねたとき、うすあまい匂いがしたことを思い出した。立山洋太と映画をみた帰りに寄ったピザ屋に汀がいた。前髪の長い女の子と二人でパフェを食べていた。「ヨータ、田中さんとつきあってるの」と汀が聞いた。立山洋太は口をむすび、じっとしていた。その日の夜、ヨータとつきあっていたんだと、汀は電話してきました。「いつからつきあってるの」と汀は聞いた。別につきあってるとかそういうんじゃと、水面が小声で言うと、「田中さんって、子供だね」と汀は言った。水面は頬がかあっと熱くなった。汀の言葉が正しいから自分はかあっとしたのだと、水面は知っていた。少しだけマスターベーションをしてみたが、うまくゆかないので、立山洋太とセックスすることを想像した。思いがけず、高まった。田中汀がシンナーをやっている、という噂はなかなか消えなかった。清子が自殺未遂をした。ひそかに溜めこんでいた睡眠薬をまとめて飲んだのだけれど、量が足りなかったので助かった。清子が退院してから、三津夫が女をつくっている、ということを水面は知った。清子を、可哀想だと水面は思った。同時に、清子のようには絶対に自分はならないと、蔑んだ。このあたりでクワガタを採ったんだ、と水面は思いだした。ねぇ、と声をかけられて振り向くと、汀がいた。シンナー吸ってたって噂、ほんとだよ、昔だけどねと汀は言います。あたし両親が死んじゃって幼稚園のとき今の伯父さんに引き取られたんだ。前世って前に言ってたけど、それって。うん。両親が生きてるころのこと、すごい生まれる前みたいな遠い感じがして、それで。汀は答えた。汀の身長は、今も水面とほとんど同じだ。からだつきも。「たいへんだったんだってね」。汀は言った。水面は頷いた。殺されたD号棟の女の子のことを考えた。その子の家族、今どこにいるのかな。いつか汀が言っていたのを思いだした。清子が死ななくてよかったと、初めて水面は思った。三津夫への怨みも、はっきりとわいてきた。わたしには前世もないし来世もない。気がつくと水面は激しく泣いていた。何も考えず、ただおおっぴらに泣きながら、水面はおおまたで歩きつづけた。


他に、
terra
aer
ignis
mundus


川上弘美:略歴
1958(昭和33)年、東京都生れ。1994(平成6)年「神様」で第1回パスカル短篇文学新人賞を受賞。1996年「蛇を踏む」で芥川賞、1999年「神様」でドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞、2000年「溺レる」で伊藤整文学賞、女流文学賞、2001年「センセイの鞄」で谷崎潤一郎賞、2007年「真鶴」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。その他の作品に「椰子・椰子」「おめでとう」「龍宮」「光ってみえるもの、あれは」「ニシノユキヒコの恋と冒険」「古道具 中野商店」「夜の公園」「ハヅキさんのこと」「どこから行っても遠い町」「パスタマシーンの幽霊」「機嫌のいい犬」などがある。

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