群像5月号で、本谷有希子の「自分を好きになる方法」を読みました。群像5月号を購入したのは、「第7回大江健三郎賞発表」と大江さんによる「選評」が掲載されていたからです。本谷有希子の「嵐のピクニック」が今回の「大江賞」の受賞作でした。大江さんは、「奇妙な味」は文学たりうるか―本谷有希子の冒険、というタイトルで「選評」を書いていました。その発表が載っている群像5月号のトップに本谷有希子の「自分を好きになる方法」が載っていました。目次には「一挙掲載250枚」、「幾つもの後悔を抱え、今日もまた眠る―。女の一生を“6日間”で鮮やかに切り取る飛躍作」とあります。
「大江賞」を受賞した「嵐のピクニック」は2012年6月刊ですから、本谷有希子にとっては「自分を好きになる方法」はほぼ1年ぶりの新作となるようです。上にもあるように「女の一生を“6日間”で切り取る」というものです。6日間、というのは、主人公はリンデ、16歳のリンデ、28歳のリンデ、34歳のリンデ、47歳のリンデ、3歳のリンデ、63歳のリンデ、それぞれの一日を描いています。もちろん短編集「嵐のピクニック」とは内容は大きく違いますが、「自分を好きになる方法」の方がどちらかといえば分かりやすい小説です。大江さんの言う「奇妙な味」は残しつつは、リンデを中心にした異なる年代の6つの短編集とも読み取れます。それぞれの間を埋めれば、「女の一生」という大河小説にもなり得る話です。
「16歳のリンデとスコアボード」。リンデがカウンターの前で悩んでいると、後からやって来たカタリナとモモが、黒いボーリングシューズを受け取り、「16レーンだからね」という。リンデは、二人にいつもと様子が違うと気づかれていないか心配する。明日だけ別のグループでお弁当を食べたいんだけで、そう言えばいいだけなのに。ニッキたちに誘われたから、一度だけ顔を出してみようというだけなのに。家に帰った後、リンデはカタリナとモモに手紙を書きます。「まだ出会っていないだけで、もっといい誰かがいるはず。お互い心から一緒にいたいと思える相手が、必ずいるはず。私たちは、その相手をあきらめずに探すべき」。
「28歳のリンデとワンピース」。車で40分のところにあるダイナーに予約した、と彼はドライヤーで髪を乾かしながら言った。「旅の最終日なのに、ダイナーでいいの?」というリンデの質問の意味をよく理解できないらしく、「最終日なのに、ダイナーじゃ嫌だってこと」とあらためて訊き返します。リンデには今朝ベッドで目覚めたときから、もしかしたら今夜彼からプロポーズされるかもしれないという予感があった。だから、きちんとした郭公で食事に生きたかった。それだけだった。この旅でリンデは、何がきっかけになって彼の機嫌を損ねてしまうか分からないということを嫌というほど思い知ります。それまでは何を言っても愉しそうに笑っているぶん、ほんとうにたちが悪い。リンデは、帰ってきたら今晩中に、私たちが付き合っていくのはもう無理だと言おうと思っていた。
「34歳のリンデと結婚記念日」。狭いダイナーは、ぎっしりと人で混み合っていた。飲み物が来ると夫は、「なんだかんだいろいろあったけど? 振り返ってみると、お互い悪くなかった結婚生活だと思います。それにこうやって、念願のダイナーにもやっと来れたし・・・」と述べた。「初めて二人でこの島に来た旅行の帰りの飛行機で、あなたはけんかのことなんかきれいさっぱり忘れて上機嫌だった。私は・・・気持ちが切り替えられなくて・・・。もともと私たちは逆の感じ方をする人間なのよ」、その言葉を聞いて夫は「ここで、そんな昔のことをまた蒸し返すの?」と言った。・・・夫が手を差し出した。リンデはその手を握ったが、この日から、指を絡めることは二度となかった。
「47歳のリンデと百年の感覚」。一つ歳下の妹エナは、今年で46、実家にいる頃は、台所に立つことさえなかったのに、それが今や旦那にお弁当を持たせ、家計簿を一日も書かさずきっちり付けている。結婚する相手によってこんなにも変わるのね、と母親は電話でしみじみ言うが、ほんと、結婚した相手によるわよね、とリンデは必ず答えることにしています。「姉さんがお菓子作りだなんて驚きだね」とエマは言う。「まあ、人はいろいろ変わるのよ」と言うと、「離婚してからのほうがすごくバイタリティがあるっていうか、“自分の人生を楽しんでます!”って感じがするわね」とエマは言う。「私、ほんとうに姉さんみたいな性格に生まれたかったって思うことがあるわ。姉さんって、どうしてそんなに前向きなの。昔からそんな性格だった?」、「簡単よ。ぜんぶ自分が決め手選択したことだって思えばいいの。人の精にしない。それだけ!」。ジュネーだか、ジャネーの法則は正しい。歳を取るほど一年がどんどん短くなって、今じゃ六ヶ月ごとにクリスマス会をしているような気分だ。リンデは、また少しだけ考えた。明日、目が覚めたときに百年経ってしまっているのも悪くない。それから、うとうとしかけた。
「3歳のリンデとシューベルト」。リンデの体の中に、大きく飛び出している“ガンボクロ”があります。このホクロを見せたとき、ばあばが驚いてくれて、リンデは嬉しかった。リンデの名前はこの歌に出てくる木から取ったんだよ、とばあばは教えてくれた。ばあばがうたた寝をするときに、いつも聴いている歌。シューベルトのぼだいじゅ(リンデンバウム)。リンデの樹。「リンちゃん」という先生の声に、ガンボクロをいじり続けていたリンデは指を離し、目を閉じて寝たふりをした。「ホクロ、触っちゃ駄目って約束したよね?」。「泣けばいいと思ってるんでしょ。分かってるよ、リンちゃん。嘘ついて、泣いてごまかすなんて、いちばんやっちゃいけないことだよ」と先生は言う。リンデは顔を真っ赤にしながら「うそついてない!」と泣きじゃくって、手で何度も床を叩きます。
「63歳のリンデとドレッシング」。85歳の母からサラダのドレッシングを宅配便で送ったと書かれたメールを受け取ります。玄関のチャイムが鳴っているのに、リンデは布団から出られない。ドアの向こうの配達人は、諦めて不在連絡票を取り出しています。朝食を済ませたリンデは、今日は何をしようかと呟く。テーブルの上にあったメモ帳に“今日やりたいこと”、とボールペンでタイトルを書いた。①再配達センターに電話する。それから、銀行に逝く、歯ブラシを替える、カウチンセーターの穴をリフォーム屋で直してもらう、便利屋に段ボールを回収してもらう日取りを決める、割れた急須の蓋を接着剤でくっつける、等々。「もしもし? 再配達をお願いした者ですが」・・・。
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