福岡伸一の「フェルメール 光の王国」(木樂舎:2011年8月1日発行)を読みました。本の帯には「科学と芸術のあいだを遊泳する著者の新境地!」とあり、また「生物学者・福岡伸一がおくる極上の美術ミステリー紀行」とあります。アマゾンの「内容紹介」には、以下のようにあります。
ヨハネス・フェルメール……17世紀オランダ美術を代表するこの画家は、現存する作品が30数点しかないこと、また窓から差し込むやわらかな光の描写、部屋の中に人物と物を配した緻密な画面設計などの独特の表現で知られ、世界でも極めて人気の高い作家の一人です。フェルメールが画布にとらえた“光のつぶだち”に魅せられた生物学者・福岡伸一が、“フェルメールの作品が所蔵されている美術館に実際におもむいてフェルメールの作品を鑑賞する”をコンセプトに、世界各地の美術館が擁する珠玉のフェルメール作品を4年をかけて巡った『翼の王国』の人気連載の美術紀行が、ついに書籍になりました。その旅先の風土を感じさせる旅情豊かな文章と写真で、あなたを「フェルメールの旅」へ誘います。
略歴によると、福岡伸一は1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ロックフェラー大学研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2007年に発表した「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)は、サントリー学芸賞および中央公論新書大賞を受賞し、ベストセラーとなる。他の著書に「ロハスの思考」(ソトコト新書)、「生命と食」()岩波ブックレット、「できそこないの男たち」(光文社新書)、「動的平衡」(木樂舎)、「世界は分けてもわからない」(講談社現代新書)、エッセイ集「ルリボシカミキリの青」(文藝春秋)、対談集「エッジエフェクト―界面作用―」(朝日新聞出版)、翻訳に「すばらしい人間部品産業」(講談社)など。
僕は今まで福岡の著作は一度も読んだことがありませんでしたが、フェルメールということで「フェルメール 光の王国」(木樂舎:2011年8月1日第1刷発行)を、たぶん8月末に購入しました。が、なかなか読めなくて、やっと昨年の年末に読み終わりました。同様の本には、有吉玉青の「恋するフェルメール」(白水社:2007年7月30日発行)や、朽木ゆり子の「フェルメール全点踏破の旅」(集英社新書:2006年9月20日発行)があります。
が、福岡の「フェルメール 光の王国」も、生物学者らしく、時には難しい言葉、例えば「微分」「界面」「動的」などすぐには理解できない言葉もありますが、全体的には比較的平易で、読みやすい著作です。 「『微分』というのは、動いているもの、移ろいゆくものを、その一瞬だけ、とどめてみたいという願いなのです」と、高校の教師が福岡に語ったことを例に出して言います。
「人間の目は、絶えず運動をし続ける対象をずっととらえ続けることはできない。なんとかそれを一瞬、とどめることはできないか。物体の運動を一瞬とどめ、そこに至った時間と、そこから始まる時間を記述する方法はないか。まさにそのようにして数学に於ける微分法は生まれた」。「この世界にあって、そこに至る時間と、そこから始まる時間を、その瞬間とどめること。フェルメールは絵画として微分法を発見したのである」と、福岡は述べています。
「現存するフェルメールの作品は37点、幸いなことに、私はこのうち34作品を展示されている現地で鑑賞することができた・・・」。フェルメールの作品の描かれた時間軸に沿って、世界各国の美術館を巡り、その国の科学者の業績も織り交ぜながら、登場するのは、レーウェンフック、エッシャー、野口英世、ガロア、ライアル・ワトソン、シェーンハイマーなど。また、美術館のキュレーターにフェルメールの作品について詳細な質問をし、その考えを書き記しています。
現存するとされる37点のフェルメールの作品のうち、実に15点がアメリカにあるそうです。ワシントンの国立美術館にある「フルートを持つ女」、この絵は他のフェルメール作品と違って、例外的にいたの上に描かれています。サイズも、絵のタッチも、光の角度も、フェルメール的ではないと、多くの研究者は言い、フェルメールの真作とは水戸寝ていないという。同館の学芸員アーサー・ウィーロック氏はえに掲げられている「フェルメールに帰属すると考えられている」という文字を取り去りたいと、福岡に語ったという。
メトロポリタン美術館の学芸員ウォルター・リドケ氏は、「絵をみるとき、あなたは何を見ますか。相違する何かを探しますか。それとも相補する何かを探しますか」と、問いかけます。福岡ははっとして「私たちはフェルメール的でない何かを探すのではなく、ここにフェルメールをこそ探そうとすべきなのだ」と気付きます。福岡は、この本を書くことによって、フェルメールの絵画と、自分の専門である科学との間に、相補するものを見出そうとします。
面白かったのはアイルランド国立美術館のキュレーター、エイドリアン・ワイパー氏の「手紙を書く女と召使い」についての解説。この絵のポイントはやはり召使い。オランダ絵画での召使いは怠け者、好色、意地悪で、厄介な存在だったという。ところがフェルメールの作品は絵の主役は召使い、手紙を書く女主人は半身で顔も伏しています。フェルメールの描く召使いは怠け者にも、好色にも、意地悪にも見えません。召使いは女主人が各手紙にも関心がない。思うようにかけない女主人を見下ろして、超然としています。フェルメールは意図的に、意味をそらせつつ意味ありげな謎を紡いでみせているのです、と。
「画家ヨハネス・フェルメールは1632年、オランダに生まれた。奇しくも同じ年、アントニ・ファン・レーウェンフック、そしてベネディクトゥス・デ・スピノザが、同じ国に生を享けた。方法は異なるものの、彼らは同じものを求めた。それは、フェルメール作品の細部に秩序ある調和として現れる『光のつぶだち』であった」と、「フェルメール 光の王国」は始まります。
フェルメールの作品、「天文学者」と「地理学者」、ここに描かれた「学者」は、当時、フェルメールの近くにいた誰かであり、この世界のありようを幾何学的に捉えようとしていた人であると考えます。天球儀や地球儀、あるいは地図やコンパスを手にして世界の成り立ちを、数学的に、幾何学の目的として求めていたもの。福岡は、それがフェルメールと同じ年で、同じ場所=デルフトで活躍していた顕微鏡発明者、アントニ・ファン・レーウェンフックであるとの説に与したいという。
福岡は最終章「ある仮説」で、「これから書くことは、この旅を通じて得た私の仮説である。付記、もしくは外伝といってもいい。それはあくまで、ほんとうに純粋な意味で個人的な仮想でしかない」とことわりながら、「顕微鏡の父」として知られるレーウェンフックとフェルメールについて、「ひょっとすると、狭いデルフトの街で、ふたりの距離は想像以上に親密だったのかもしれない」と、想像を巡らします。
レーウェンフックが王立協会へ送った報告は1673年から最晩年までほぼ50年の長きにわたったという。その手稿に添付された観察スケッチは、彼自身のものではなく、王立協会宛の手紙には「自分で上手に描くことはできないので、熟達の画家に依頼した」という記載を、福岡は見つけ出します。その画家は誰なのか、興味をかき立てられます。「むろん、私はこのスケッチがフェルメールの手になるものではないかと主張したいわけではない。ただ奇妙な事実についてだけ指摘しておきたいのである」と、福岡は控えめに述べています。
【目次】
第一章 オランダの光を紡ぐ旅
フェルメール、レーウェンフック、そしてスピノザ ─ フランクフルト、アムステルダム、ライデン
フェルメール、ラピスラズリ、そしてエッシャー ─ ハーグ
フェルメール、エッシャー、そしてある小路 ─ デルフト
第二章 アメリカの夢
東海岸の引力 ─ ワシントンD.C.
ニューヨークの振動 ─ ニューヨーク
光、刹那の微分 ─ ニューヨーク
第三章 神々の愛でし人
言葉のない祈り。そしてガロア ─ パリ、ブール・ラ・レーヌ
幾何学の目的。そしてルイ=ル=グラン ─ パリ
第四章 輝きのはじまり
フェルメール、光の萌芽 ─ エディンバラ
無垢の少女 ─ ロンドン
フェルメールの暗号(コード) ─ ロンドン
旋回のエネルギー ─ アイルランド
第五章 溶かされた界面、動き出した時間
つなげるものとしての界面 ─ ドレスデン
溶かされた界面 ─ ベルリン、ブラウンシュヴァイク
壁、そして絵画という鏡 ─ ベルリン
第六章 旅の終焉
土星の輪を見た天文学者 ─ パリ
時を抱きとめて ─ ウィーン
第七章 ある仮説
あとがき
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