Bunkamuraザ・ミュージアムで「巨匠たちの英国水彩画展」を観てきました。11月12日のことです。チラシには、ターナーの「ルツェルン湖の月明かり、彼方にリギ山を望む」の上に、「ターナー、ブレイク、ミレイ、ロセッティ・・・・・」とさりげなく書かれています。おー、それぞれはたしかにイギリスを代表する巨匠たちです。今回、水彩画ということで、ちょっと出かけるのを躊躇していたのですが、これらの巨匠たちが描いた水彩画とはどんなものだったのか、観ておくのも悪くないと思い、出かけてきました。しかし、それは杞憂というもの、やはり行ってよかったと思わせる素晴らしい展覧会でした。
ザ・ミュージアムのプロデューサー木島俊介は、英国は北方に位置するにもかかわらず、気候は温暖、湿潤で、穏やかだ。ここでは18世紀半ば頃から水彩画が大いに発展したが、それは、この穏やかな風土とそこに培われた優雅を求める気風とに要因があったのだろう、として、以下のようにいう。
白い紙の上に水で溶いた絵の具を塗ってゆく水彩画の技法は、紙に反射し、絵の具の層を透過してくる白い光の効果をいかにうまく生かすかが求められた。この効果によって水彩画の画面は、穏やかな光に満たされた潤いのある大気の雰囲気を得るに至った。これはまさに英国風景の世界でもあった。自然のなかにあふれる清浄さには、人々の心身を浄化し高揚させる何かがあると信じられてもいて、絵画の重要な主題となった。このことは幸いにも、穏やかな自然に恵まれた風土に生きた人々が共有することの出来る深い幸福感である。これは詩人ワーズワースがうたった境地だが、私たち日本人ももちろんよく知っている。
水彩画でこれだけの表現が出来るのかと、今回の展覧会を見て驚きました。油彩画の習作や素描の色付けとして描かれることが多かった水彩画が、独立した芸術分野として確立したのは、英国からだったという。そもそも17世紀にオランダからもたらされた水彩画は、18世紀に英国で広く普及し、貴族の子女の教養の一つともなったという。また同じ頃、国内外の地域の自然や文化の特性を記録する地誌的な風景画の要求が高まり、イタリアへのグランド・ツアーの記念の絵としても量産されたという。こうして英国では時代を捉える「国民的美術」として、18世紀後半から19世紀前半にかけて全盛期を迎えました。
僕の興味は、やはり「グランド・ツアー」です。アルプス山脈を経由するルートが開かれて、1740年代になると多くの観光客や画家がイタリアを訪れるようになります。彼らは、イタリアの古代遺跡、美術品コレクション、そして風景に魅了されます。また、富裕な上流人士の教育の仕上げに行われたグランド・ツアーは、ローマやナポリを訪れ、スイスを経由して英国に帰国するのが一般的な旅程でした。イタリアに旅立った貴族の子弟は、目の当たりにした光景や名所の景観を描く水彩画を旅の記録として注文します。グランド・ツアーの最盛期は、水彩画が洗練の度合いを増した時期と一致するという。
またグランド・ツアーを超えて「そして東方へ」が、先日トルコへ行ったこともあり、興味を惹きました。時代は異なりますが、ル・コルビュジエも若い頃の東方への旅の記録「東方への旅」という本を出版しています。ここではエジプトを始めとする中東の各地域がインドや中国と並んで画家たちにとっては重要な目的地となり、「アラビアン・ナイト」やバイロン郷の「トルコ物語」などの大衆文学が画家の想像力をかき立てたという。ナポレオンのエジプト遠征をきっかけに、エジプト研究が盛んになり、多くの画家たちが古代エジプトの遺跡を詳しく記録しようと努めました。
そしてターナー、なんと30弱のターナーの作品を一気に観ることが出来ました。下に載せたのは、「旧ウェルシュ橋、シュロップシャー州シュルーズベリー」と「アップナー城、ケント」という、共にピクチャレスクな作品です。チラシに取り上げられた「ルツェルン湖の月明かり、彼方にリギ山を望む」もターナーらしい作品です。「海辺の落日とホウボウ」は手前に怪物じみたホウボウを描いていて、幻想性が際立っています。なぜか火事を扱った作品が2点、「テムズ河畔フェニングズ埠頭の火事」と「大火災、ローザンヌ」です。
今回の展覧会の構成は、以下の通りです。
1.ピクチャレスクな英国
2.旅行:イタリアへのグランド・ツアー
3.旅行:グランド・ツアーを超えて、そして東方へ
4.ターナー
5.幻想
6.ラファエル前派の画家とラファエル前派主義
7.ヴィクトリア朝時代の水彩画
8.自然
1.ピクチャレスクな英国
2.旅行:イタリアへのグランド・ツアー
3.旅行:グランド・ツアーを超えて、そして東方へ
4.ターナー
5.幻想
6.ラファエル前派の画家とラファエル前派主義
7.ヴィクトリア朝時代の水彩画
8.自然
マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵
「巨匠たちの英国水彩画展」
英国のひとびとが、自国の風景の美しさに、つまり、その自然と風土とが生み出す魅力に気づくこととなるのは、18世紀の後半以降のことであったといわれる。そこには、さまざまな要因があったとはいえ、旅行の楽しみに目覚めたということも大きな一因であった。美しい者に感動すればそれを何かのかたちで記録に留め、人に伝えたくなる。携帯に便利な水彩画の用具は旅行にはとても適していた。また、白いか身の上に水で溶いた薄い顔料を重ねる水彩画の技法は、紙に反射した明るく透明な光が絵の具の層を透かして現れるので、風景というものの新鮮な感じを表すには好都合であった。水彩画はつまり、温暖にして湿潤なゆえにきりも多く独特の透明感をもつ英国自然風景の表現に大いにかなった技法だったのである。さらに、自然というものは、この世界の創造的な意志の最も明確な啓示なのであるから、敬虔な心をもってこれに臨み、真理としてそれを把握しようと望むならば、人の心身もまた創造的に高揚し浄化されうるという信念は、美しい自然に恵まれた風土に生きた人々が共有できた幸運であり、これは、英国人のみならず私たち日本人にもよく理解されている。今回の展覧会には、水彩画の巨匠として名高いターナーやコンスタプルの作品のみならず、英国水彩画の伝統を築いた歴代の巨匠たちの代表作150点余が展示されて、私たち鑑賞者に穏やかな幸福感をもたらしてくれる。(Bunkamuraザ・ミュージアム プロデューサー 木島俊介)
マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵
巨匠たちの英国水彩画展
図録
監修:木島俊介(Bunkamuraザ・ミュージアムプロデューサー)
編集:朝日新聞社
編集協力:Bunkamuraザ・ミュージアム
発行:朝日新聞社
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