東京国立近代美術館で「ぬぐ絵画 日本のヌード1880-1945」展を観てきました。「ぬぐ絵画」というタイトルが目をひきます。要するに「ヌード」ということです。副題の「日本のヌード1880-1945」が示すとおり、明治から戦時中まで、油彩を中心に約100点の作品で、裸の美術表現の問題を検証しています。
美術作品として描き、鑑賞するというのは、明治半ば過ぎのこと、主にフランス経由で日本に入ってきました。それはジョルジュ・ビゴーやラファエル・コンランから黒田清輝へと正統な形で伝わりました。一方、五姓田義松の流れ、父親の五姓田芳柳は歌川国芳の弟子で、その息子である五姓田義松はワーグマンの弟子でした。和田英作や原撫松は、西洋画の忠実な模倣から入ります。そうした裸体画、ヌードは、当時は公の場で鑑賞するということはありませんでした。黒田清輝の「裸体婦人像」は、展覧会場では半分から下は布で隠されて展示されたという。
それにしても黒田の3点組の「智・感・情」は、官能性を排するために立像とし、身体は西洋人で顔は日本人、全体のプロポーションは7.5頭身、その時代のことを考えれば見事な作品です。この作品は、黒田記念館や東京国立博物館で、もう何度も観ました。大正にかけて、黒田の教え子世代の萬鉄五郎や熊谷守一は、理想像を解体して野獣派的、キュービスム的な独自の表現を試みます。以前、東京国立近代美術館で「寝るひと 立つひと もたれるひと」という、小規模な企画展がありました。
その時も出ていましたが、萬鉄五郎の「裸体美人」は、構図のみならず色彩、筆触とも大胆な作品ですが、東京美術学校の卒業制作で、描いた当時26歳。大胆すぎたのか、評価は19人中、16番目だった、というから面白い。萬鉄五郎の作品は、岩手県立美術館の「萬鉄五郎室」でまとまって観たことがあります。熊谷守一は、その後の作品を考えると、全く異なったことにチャレンジしていました。これほどまでに裸を追求した画家だったとは、驚きです。
中村彝の「少女裸像」や村山槐多の「裸婦」など、独自の裸体表現が続きます。「恋するはだか」は、中村彝と「少女裸像」のモデルになった新宿中村屋の創業者夫妻、相馬愛蔵、黒光の長女俊子当時15歳を念頭に付けられたタイトルなのでしょう。甲斐庄楠音の「裸婦」は、これが日本画かと驚かされました。この作品は松戸市立博物館の「躍動する魂のきらめき 日本の表現主義」展で初めて観ました。大正後期から昭和になると横たわる裸体像が定着します。安井曾太郎や梅原龍三郎、小出楢重の作品が続きます。「裸婦」という言葉は、梅原龍三郎の作品から生まれたのだという。
「しかし表現が自由になって以後、今日まで裸は無批判に描かれてきた面がある」と、蔵屋美香・近代美術館美術課長は言う。それにしても、今なぜ裸体表現なのか。続けて蔵屋は「最近もニュースになるのは、わいせつか表現の自由かという論点で、100年以上前とあまり変わっていない。人工的に移入されたものだからこそ、裸の表現を自問してきた作家を取り上げたかった」という。(参考:朝日新聞:「裸を追う、裸を問う」)
展覧会の構成は、以下の通りです。
Ⅰ はだかを作る
Ⅰ-1 入浴と留学
Ⅰ-2 はだかの教育
Ⅰ-3 黒田清輝とはだか
Ⅱ はだかを壊す
Ⅱ-1 萬鉄五郎とはだか
Ⅱ-2 恋するはだか
Ⅱ-3 古賀春江とはだか・熊谷守一とはだか
Ⅲ もう一度、はだかを作る
Ⅰ はだかを作る
Ⅱ はだかを壊す
Ⅲ もう一度、はだかを作る
「ぬぐ絵画 日本のヌード1880-1945」展
今日も盛んに描かれ続ける、はだかの人物を主題とする絵画。絵といえば、風景や静物とともに、まずは女性のヌードを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。しかし、はだかの人物を美術作品として描き表し、それを公の場で鑑賞するという風習は、実はフランス、イタリア経由の「異文化」として、明治の半ば、日本に入って来たものでした。以後、これが定着するまで、はだかと絵画をめぐって、描く人(画家)、見る人(鑑賞者)、取り締まる人(警察)の間に多くのやりとりが生じることになりました。「芸術にエロスは必要か」「芸術かわいせつかを判断するのは誰か」にはじまり、「どんなシチュエーションならはだかを描いても不自然ではないのか」「性器はどこまで描くのか」といった具体的な事柄まで、これまで多くの画家たちが、はだかを表現するのに最適な方法を探ってきました。今日も広く論じられるこうした問いの原点を、1880年代から1940年代までの代表的な油彩作品約100点によってご紹介します。
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