今月の100分de名著は「ウェイリー版・源氏物語」です。
「ゲンジ」は、こんなに面白い!
誰もが読破できる、画期的翻訳の世界。
光君は「シャイニング・プリンス」、
几帳は「カーテン」、天皇は「エンペラー」――、
英訳版を現代の日本語に訳し戻したとき、
紫式部の描いた平安時代が驚きの情景で立ち上がる!
プロデューサーAのおもわく
日本古典文学の大作であり、今なお国内で人気の高い「源氏物語」。この作品を一躍「世界的な文学」へと名声を高めた翻訳者がいます。イギリスの東洋学者アーサー・ウェイリー(1889-1966)。彼の英訳は、その巧みさ、文化の壁を超えた普遍性から、「ウェイリー版・源氏物語」(1921-1933)として広く世界中に知られるようになりました。近年、この英訳が日本語にも重訳され大きな話題を呼んでいます。そこで、「100分de名著」では、大河ドラマ「光る君へ」がクライマックスを迎え始める9月、「源氏物語」に大きな注目を集めるタイミングで、英訳によって世界文学の代表作となった「ウェイリー版・源氏物語」を普遍的な視点から読み解きます。底本は、「紫式部 源氏物語 A・ウェイリー版」(毬矢まりえ+森山恵姉妹訳)です。
「源氏物語」は、桐壺帝というある天皇の話から始まる。天皇は、後宮の女たちの間で、身分が低い桐壺更衣を格別に寵愛しました。しかし朝廷にあっては、帝の桐壺更衣への愛は、身分差に厳しい貴族社会の秩序を乱す一大事。桐壺更衣は多くの后たちにねたまれ、その重圧から若くして亡くなります。あとに残されたのは、桐壺更衣が生んだ男の子・光源氏でした。つまるところ「源氏物語」は、母と死に別れた不遇な主人公・光源氏が、天賦の美貌と才能によって女たちを魅了し出世を極めていくというストーリーだといわれてきたのです。
ところが、ウェイリーによる英訳というフィルターを通して見えてくるのは、従来のイメージとは大きく異なる、構造のくっきりとした、骨太な人間を描く物語。帝が「エンペラー」、宮廷が「パレス」と英訳され、原作ではぼかされていた主語が明快に記述されていくと、欧米のモダニズム文学顔負けの心理描写が浮き彫りになり、登場人物の性格や感覚が豊かに変容していくビルドゥングスロマン(教養小説)へと、作品の印象が大きく変わっていきます。「源氏物語」は、単なるラブロマンスではなく、人間の豊かな「可能性」とその「変容」を描く普遍的な文学だということがわかってくるのです。
番組では、能楽師・安田登さんに、「ウェイリー版・源氏物語」を普遍的な視点から読み解いてもらうことで、これまでにない「源氏物語」の豊かな魅力や各場面に込められた深い意味合いを明らかにしてもらいます。また第四回では、日本語訳を担当した毬矢まりえさん、森山恵さんをゲストに招き、翻訳プロセスや詳細な研究によって明らかになった、新たな魅力を発掘していきます。
<各回の放送内容>
第1回 翻訳という魔法
今からおよそ千年前に紫式部によって書かれた「源氏物語」。それから900年後、イギリス人のアーサー・ウェイリーが英語に翻訳した。「帝」はエンペラーに、「宮廷」はパレスに、「物の怪」はエイリアンに…巧みに翻訳された物語は、まるで異国のおとぎ話のように生まれ変わり、世界に「源氏物語」が知れわたる大きなきっかけとなった。そこには、ウェイリーによるどんな技術や技が駆使されていたのか? 第一回は、天才的な翻訳者アーサー・ウェイリーの人となりにも迫りながら、翻訳という魔法によって、いかにして「源氏物語」が世界的な評価を受けるような文学となっていったかを探っていく。
第2回 「シャイニング・プリンス」としてのゲンジ
ウェイリーの「源氏物語」英訳をみていくと、数々の女性遍歴は単なるラブロマンスではなく光源氏が、自分の中や他者の中に潜在していた未知なる能力や感覚の扉を開き、全く異なる人生を歩んでいくきっかけになっていることがわかる。とりわけ、光源氏はが「コンパッション」(相手の苦しみなどに深く共感する能力)、「エンパシー」(相手の立場にたって能動的に他者理解する能力)、「来し方行く末を見る能力」(過去と未来を洞察する能力)を段階的に手に入れていき「神性」を帯びていく様子が浮かび上がっていく。第二回では、「ウェイリー版・源氏物語」を人間の可能性を豊かに変容させていく物語として読み解いていく。
第3回 『源氏物語』と「もののあはれ」
「もののあはれ」を主題とするといわれる「源氏物語」には、言語化不可能な「情動」に突き動かされ翻弄される人々が次々と登場する。「もののあはれ」とは、「ああ……」と感嘆するしかないような心の動きを描くときに使われる動的な言葉だが、同時代の「枕草子」では「おかし」という言葉が多用され、心の動きは言語による静的な説明に置き換えられていく。前者は「情動」、後者は「感情」と言い換えることができるが、光源氏とその周辺の登場人物は、圧倒的に「情動」によって突き動かされて、物語を駆動していくのだ。第三回は、「ウェイリー版・源氏物語」の印象的な場面を読み解き、人間にとって「情動」と「感情」はどう違うのか、それらはどう働くものなのかを明らかにしていく。
第4回 世界文学としての『源氏物語』
「源氏物語」を英訳したウェイリーは、ヴァージニア・ウルフらも所属した芸術・文学集団「ブルームズベリー・グループ」の一員。その幅広い教養バックグラウンドを生かして、さまざまな世界文学の成果を翻訳表現の中に巧みに取り込んでいる。聖書、シェイクスピア、モダニズム文学……さまざまな文化や文学と比較していくと、思いもよらない「ウェイリー版・源氏物語」の広がりが見えてくる。とともに、原典の「源氏物語」も中国の古典文化や周辺の多様な文化的成果を掬い上げながら生み出されたグローバルな文学だったこともわかっていく。第四回は、ウェイリー訳「源氏物語」の日本語訳者である毬矢まりえさん、森山恵さん姉妹をゲストに招き、彼女たちの研究成果や発見などについても語り合いながら、世界文学としての「源氏物語」の魅力を浮き彫りにしていく。
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