田渕句美子の「百人一首――編纂がひらく小宇宙」(岩波新書:2024年1月19日第1刷発行)を読みました。
『百人一首』は、誰によって、何の目的で作られたのか。長らく藤原定家が撰者とされていたが、著者の最新の研究により、後人による改編が明らかとなった。成立の背景やアンソロジーとしての特色を解きほぐし、中世から現代までの受容のあり方を考えることで、和歌にまつわる森羅万象を網羅するかのような求心力の謎に迫る。
序章「百人一首」とは何か、より
「百人一首」は不思議な書物である。たしかに書物なのだが、到底それには収まりきらず、多種多様なメディアに変身している。とてもコンパクトな作品に過ぎないが、中世から現代に至るまで、そして世界中でもさまざま姿を変えて生きている。また、百でもあり一でもあり、すべてでもあり一片でもある。そして、藤原定家が選んだアンソロジーと言われることが多いが、厳密にはそうではない。
「百人一首」は、古典中の古典と言われるアンソロジーである。若のアンソロジーは、天皇(上皇)の命を受けて撰者が編纂した公的な性格の勅撰和歌集、ある目的で誰かが私的に編纂した私選和歌集、すぐれた歌を集めて作った集歌撰、歌題ごとに分類して作った類題集、既存の歌から撰んで番えて作った撰歌合などがある。「百人一首」は秀歌撰の一つである。
目次
序 章 『百人一首』とは何か――その始原へ
第一章 『百人一首』に至る道
1 勅撰和歌集というアンソロジー――撰歌と編纂の魔術
2 八代集という基盤――「私」から複数の人格へ
3 『三十六人撰』から『百人一首』へ――〈三十六〉と〈百〉の意味
第二章 『百人一首』の成立を解きほぐす
1 アンソロジスト藤原定家の登場――編纂される和歌と物語
2 『百人秀歌』と『百人一首』――二つの差異から見えるもの
3 贈与品としての『百人秀歌』――権力と血縁の中に置き直す
4 定家『明月記』を丹念に読む――事実のピースを集めて
第三章 『百人一首』編纂の構図
1 『百人一首』とその編者――定家からの離陸
2 配列構成の仕掛け――対照と連鎖の形成
3 歴史を紡ぐ物語――舞台での変貌
4 和歌を読み解く――更新される解釈
5 『時代不同歌合』との併走――後鳥羽院と定家
第四章 時代の中で担ったもの
1 歌仙絵と小倉色紙――積み重なる虚実の伝説
2 和歌の規範となる――『百人一首』の価値の拡大
3 異種百人一首の編纂――世界を入れる箱として
4 『百人一首』の浸透――江戸から現代まで
終 章 変貌する『百人一首』――普遍と多様と
『百人秀歌』 『百人一首』所収和歌一覧
主要参考文献
図版出典一覧
あとがき
田渕句美子:
1957年生まれ.お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程退学.日本中世文学・和歌文学・女房文学専攻.
現在―早稲田大学 教育・総合科学学術院教授
著書―『阿仏尼』(人物叢書,吉川弘文館,2009年),『新古今集 後鳥羽院と定家の時代』(角川選書,2010年),『異端の皇女と女房歌人――式子内親王たちの新古今集』(角川選書,2014年),『民部卿典侍集・土御門院女房全釈』(共著,風間書房,2016年),『女房文学史論――王朝から中世へ』(岩波書店,2019年),『和歌史の中世から近世へ』(共編著,花鳥社,2020年),『窪田空穂 「評釈」の可能性』(近代「国文学」の肖像 4,岩波書店,2021年),『百人一首の現在』(共編著,青簡舎,2022年),『阿仏の文〈乳母の文・庭の訓〉注釈』(共著,青簡舎,2023年)ほか多数.