江國香織の「とるにたらないもの」(集英社文庫:2006年5月25日第1刷、2022年3月13日第7刷)を読みました。
とるにたらないけれど、欠かせないもの。気になるもの。愛おしいもの。忘れられないもの――。輪ゴム、レモンしぼり器、お風呂、子守歌、フレンチトースト、大笑いなどなど、身近にある有形無形の60ものたちについて、やわらかく、簡潔な言葉でつづったエッセイ集。行間にひそむ想いや記憶、漂うユーモアが、心地よく胸にしみる。著者の日常と深層がほのみえる、たのしく、味わい深い一冊。
緑いろの信号
信号の緑は青みがかった緑だが、たまに青くない緑の信号もある。歩行者用の信号ではなく、三色の、専用の信号のなかにある。そういう信号の信号機はたいてい古ぼけているので、たぶん、型のふるいものなのだろう。すこし舐めて小さくなった飴玉のような、浅い感じの緑だ。私はその緑の信号が好きで、ときどきとても見たくなる。ただ、その信号がどこにあるのかわからないので、いくことはできない。
輪ゴム
無性に好きなものに、輪ゴムがある。どうしてだかわからない。実用的で堅実な外見に惹かれるのだと思う。あの色、あの独特の手ざわり、そしてあの質素なたたずまい。とくに何に必要ということはないのだが、輪ゴムを使おうと思ったときにもしも手近になかったら、私はひどい失敗をした気持ちになると思う。
レモンしぼり器
それは何の変哲もないガラスのレモンしぼり器で、でも祖母の宝物だった。母の母である祖母はずっと私たち家族と住んでいて、私が子供のころはよく遊んでくれた。一緒に遊びにいく友達がいるのでもなく、一人で遊びにでかけるでもなく、一日中うちにいて、畳にお茶がらをまいて掃除をしたり、煙草をすったり、テレビで相撲や野球を見たりしていた祖母は、格好の遊び相手だった。レモンしぼり器は、昔、男に贈られたものだそうだ。遠い昔に、祖母と恋に落ちた男。何という名前の人か、何をしていた人か、私は何も知らない。
煙草
かつて、私の憧れの男性は所ジョージだった。いまも好きで、土曜日だか日曜日だかの夕方のラジオから声が聞こえれくるとどきっとする。何年か前、TVのコマーシャルで所ジョージがいかにも軽やかに、俺より軽いフロンティア、と唄っているのをみて、なんだかみいられたようになり、それ以来フロンティアを吸っている。
その他、全60。
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