2024年1月の100分de名著は「ジーン・シャープ 独裁体制から民主主義へ」です。
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100分de名著「ジーン・シャープ 独裁体制から民主主義へ」!
2024年1月アンコール放送です。
プロヂューサーAのおもわく
「アラブの春」、「オキュパイ・ウォールストリート」、セルビアの民主化運動等、数々の市民運動で教科書のように読まれた一冊の本があります。「独裁体制から民主主義へ」。「非暴力におけるマキアヴェリ」「非暴力闘争におけるクラウゼヴィッツ」とも呼ばれるアメリカの政治学者ジーン・シャープ(1918- 2018)が、史上暴政をふるった数々の独裁体制を綿密に分析、それに対し非暴力による反体制運動がどこまで効果を上げることができるかを徹底的に究明した名著です。
「独裁体制から民主主義へ」が書かれた1990年代初頭、ミャンマーではクーデターを起こした軍事政権によって独裁的な政治体制が敷かれていました。ミャンマーの亡命外交官からの要請をきっかけに、非暴力闘争、抵抗運動へのヒントになればとタイ・バンコクにおいて英語とミャンマー語で書かれ雑誌に連載されたのがこの本の原型です。以来、世界で40言語以上に翻訳され、数々の民主化運動を成功に導いたとされます。198もの具体的な手法を提案しているのも特徴です。
論旨は極めてシンプル。独裁体制は単独では成り立たちません。有形・無形の民衆たちによる支持があってこそ成り立ってるといいます。一見強固で揺るがないようにみえる独裁体制には、その力の源を断つことで容易に瓦解する脆弱さが潜んでいます。綿密にたてられた全体計画、弱点に集中すべく慎重に選ばれた戦略、徹底して貫かれる非暴力によって、執拗かつ広範に展開される市民の運動が、やがて独裁体制を覆すことを可能にするといいます。
国際関係思想の専門家・中見真理(清泉女子大名誉教授)さんは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻、再び起こったミャンマーでの軍事クーデター、香港での民主化運動への過酷な弾圧など、独裁的な強権政治が世界で猛威をふるっている今こそ「独裁体制から民主主義へ」を読み直す価値があるといいます。その理由は、シャープのヴィジョンが決して綺麗事ではなく、抵抗運動を、戦略、戦術、武器の体系を駆使した「暴力なき戦争」とみる冷徹でリアリスティックな洞察があるからだと強調します。
番組では、中見真理(清泉女子大名誉教授)さんを指南役として招き、「独裁体制から民主主義へ」を分り易く解説。現代社会につなげて解釈するとともに、そこにこめられた「独裁体制との向き合い方」「市民運動のあり方・進め方」「民主主義を維持・発展させていく方法」などを読み解いていきます。
第1回 独裁体制は見かけほど強くない
一見強固で揺るがないようにみえる独裁体制には、子細に分析すると、ある弱点が存するシャープは言う。独裁体制は単独では成り立たない。有形・無形の民衆たちによる支持があってこそ成り立ってる。その力の源を断つことで容易に瓦解する脆弱さが潜んでいるというのだ。独裁体制に終止符を打てるかどうかは、そのことに民衆が気づくことができるかどうか、その上で、集団として行動を起こすことができるかにかかっているという。第一回は、シャープの深い洞察がこめられた権力観・政治観を通して、独裁体制のあり方やその弱点を見抜く方法を学ぶ。
第2回 非暴力という「武器」
非暴力闘争は、受け身でもなければ絶対平和主義でも宗教的理想でもない。シャープによればそれは「暴力なき戦争」である。冷徹でリアリスティックな状況分析に基づき、「非協力」と「抵抗」という武器を民衆の間に徐々に広め、段階的な積み重ねを通じて大規模な抵抗勢力を形成、権力を支えている力の源を断っていく方法である。そこには戦略、戦術、武器の体系など、通常の戦争と同様のプロセスが展開されるのだ。残虐行為による犠牲も生じるが、それすらも運動に利用する冷徹さも辞さない。第二回は、非暴力闘争がなぜ有効かを解き明かし、そのための全体計画や戦略的思考をどう練り上げればよいかを明らかにする。
第3回 非暴力ゆえの勝利
独裁体制を最終的に崩壊に導いていくものとは何か。最初は限定的な目標を積み重ねてきた抵抗運動が社会全域に拡大し、合わせて発展してきた市民による独立機関が「並行政府」のような機能を果たし始めることだという。ソ連からの軍事侵攻を非暴力ではね返し独立を勝ち取ったリトアニアでも「サユディス」という市民組織が運動の中核として機能、やがて「並行政府」としての役割を果たし統制のとれた粘り強い運動が継続した。つまり、独裁体制瓦解のためのポイントは、非暴力闘争が「堅固で鍛錬されたものであり続けること」。決して一時的な盛り上がりや無計画性に溺れてはならないとシャープは警告する。第三回は、最終的に独裁体制を崩壊させる決定打となるものとは何か、その際に一番気をつけなければならないことは何かを探っていく。
第4回 新たな独裁者を生まないために
「アラブの春」、セルビアの「オトポール!」等、数々の民主化運動にヒントを与え、実際の民主化実現へと導く力を与えたという「独裁体制から民主主義へ」。しかしその後、独裁権力側も非暴力による市民運動について研究を重ね、初期段階からその芽が出ないように機先を制する動きも出ている。大多数の人に対し抑圧が巧妙に隠蔽される先進国、自発的に隷従を求めてしまう人類の本能的性向、圧倒的な威嚇によって生み出される恐怖心といった問題に対して、シャープの方法論は課題を残している。このような問題をどう克服していったらよいのか? 第四回は、シャープ以降の思想動向なども交えて、非暴力闘争の課題と可能性を見つめる。
中見真理:
1949年東京生まれ。一橋大学大学院法学研究科博士課程(外交史・国際関係論)単位取得退学。現在、清泉女子大学文学部教授。専攻は、国際関係思想史。著書に、『柳宗悦 時代と思想』(東京大学出版会、2003年:同韓国語版、金順姫訳『柳宗悦 評伝:美学的アナキスト』ソウル:暁享出版社、 2005年)、 In Pursuit of Composite Beauty: Yanagi Soetsu,His Aesthetics and Aspiration for Peace (Trans Pacific Press & University of Tokyo Press,2011)主要論文に、「清沢冽の外交思想」(『みすず』19-7、1977年7月)、「太平洋問題調査会と日本の知識人」(『思想』728、1985年2月)、「日本外交思想史の研究領域を考える―戦後日本の平和論を問題にしつつ」(『年報近代日本研究』10、1988年)、「ジーン・シャープの戦略的非暴力論」(『清泉女子大学紀要』57、2009年)。
過去の関連記事:
「100分de名著」読解本
「独裁体制から民主主義へ
権力に対抗するための教科書」
2012年8月10日第1刷発行
2023年2月5日第9刷発行
著者:ジーン・シャープ
訳者:瀧口範子
発行所:筑摩書房