金原ひとみの「パリの砂漠、東京の蜃気楼」(集英社文庫:2023年4月25日第1刷)を読みました。
書かなければ生きられない、
そして伝わると信じていなければ書けない。
私は生きるために
伝わると信じて
書くしかない。
一歳と四歳の娘を連れ、周囲に無謀だと言われながら始めたフランスでの母子生活。パリで暮らし六年、次第に近づいてくる死の影から逃れるように決意した、突然の帰国。夫との断絶の中でフェスと仕事に混迷する、帰国後の東京での毎日。ずっと泣きそうだった。辛かった。寂しかった。幸せだった――。二つの対照的な都市を舞台に、生きることに手を伸ばし続けた日々を綴る、著者初のエッセイ集。
巻末の解説で、平野啓一郎は以下のように言う。
時に回想録のようでもあるが、基本的には、リアルタイムの経験を主題としている。
日本風に「エッセイ」とも言えるし、本人を主人公とした連作短篇とも言えよう。金原作品に因んど、「オートフィクション」と呼んでも構わないのかもしれない。
連作原稿をまとめたものなので、各章の分量は概ね均一的で、タイトルの言葉が毎回、律義なまでに巧みに内容を象徴しており、パリの始まり、東京を経てまたパリに戻るという結構と相俟って、一ページで壊れてゆきそうな女性の物語でありながら、冴えた構築的な美観が保たれている。
全体を絶妙に統合しているのは、やはり作者の融通無碍な文体であり、軽みと厚み、鮮烈さと陰翳、はかなさと強靭さ、しなやかさを兼ね備え、常態化した肉体と精神の危機を濃厚に綴ってゆく。
金原ひとみ:
1983年東京都生まれ。2003年「蛇にピアス」で第27回すばる文学賞を受賞し、デビュー。同作品で04年に第130回芥川賞を受賞。10年「TRIP TRAP」で第27回織田作之助賞を、12年「マザーズ」で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を、20年「アタラクシア」で第5回渡辺淳一文学賞を、21年「アンソーシャルディスタンス」で第57回谷崎潤一郎賞を、22年「ミーツ・ザ・ワールド」で第35回柴田錬三郎賞を受賞。
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