6月の100分de名著は「ナオミ・クライン ショック・ドクトリン」です。
プロデューサーAのおもわく
チリの軍事クーデター、天安門事件、ソ連崩壊、米国同時多発テロ事件、アジアの津波災害等々、大きな惨事と並行して起こった出来事を一つの視角から徹底的に検証し「強欲資本主義」とも呼ばれる経済システムが世界を席巻した原因を明らかにした著作があります。「ショック・ドクトリン」。カナダ人ジャーナリストのナオミ・クラインの代表作です。
市場原理主義を唱える経済学者ミルトン・フリードマンは、「真の変革は、危機的状況によってのみ可能となる」と述べました。ナオミ・クラインはこれを「ショック・ドクトリン」と呼び、先進諸国が途上国から富を収奪することを正当化する最も危険な思想とみなします。近年の悪名高い人権侵害は、反民主主義的な体制による残虐行為と見られてきましたが、実は民衆を震え上がらせ抵抗力を奪うために綿密に計画されたものであり、その隙に市場主義改革を断行するのに利用されてきたといいます。
フリードマン率いるシカゴ学派は「大きな政府」や「福祉国家」をさかんに攻撃し、国家の役割は警察と国防以外はすべて民営化して市場の決定に委ねよと説きます。そして、アメリカなど先進国の民主主義下では推進できなかった大胆な市場原理主義的改革を断行したのが、ピノチェト独裁下のチリでした。一般市民の処刑や拷問が横行し社会全体がショック状態になったことにつけこむように、シカゴ学派出身者がブレインとして活躍し市場開放を断行。その結果、チリの産業経済は外資の餌食となり収奪され尽くしました。クラインによれば、チリは「ショック・ドクトリン」の最初の実験台になったのだといいます。
「ショック・ドクトリン」は、その後も世界中で応用され続けます。戦争終結後のイラクで連合軍暫定当局(CPA)のブレマー代表は、意図的に無政府状態と恐怖の蔓延を助長し、市民を思考停止状態へ。それを好機として過激な市場開放を断行し、イラクはアメリカ企業の草刈り場と化します。人類最古の文明遺産の徹底した破壊と掠奪、既存体制の完全な抹消という発想は、個人をショック状態にして洗脳し言いなりにさせるCIAの拷問手法と驚くほど重なるといいます。
ジャーナリストの堤未果さんは、ナオミ・クラインが明らかにした事実を通して、この数十年の歴史を振り返ってみることは、私たちが今、どんな社会に立っているかを理解する大きな手がかりとなるといいます。番組では、堤未果さんを講師に招きナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」を現代の視点からわかりやすく解説。新自由主義が席捲する現代社会の中で、私たちが何をなすべきか、社会の裏側をどう見抜けばよいのかを深く考えていきます。
各回の放送内容
第1回 「ショック・ドクトリン」の誕生
「ショック・ドクトリン」とは、社会に壊滅的な惨事が発生した直後、人々が茫然自失している時をチャンスととらえ巧妙に利用する政策手法だという。最初にこの手法が大々的に行われたのは、70年代に起こったチリ軍事クーデター。徹底した民衆弾圧で社会全体がショック状態にある中、ミルトン・フリードマン率いるシカゴ学派が乗り込み、市場原理主義的な改革を断行。国営企業の民営化、規制の撤廃、貿易の完全自由化で、チリの産業経済は外資の餌食に。空前の格差社会が生まれていく。第一回は「ショック・ドクトリン」の起源を探り、今、世界を席巻している新自由主義がいかにして生まれたかを検証する。
第2回 国際機関というプレイヤー・中露での「ショック療法」
「ショック・ドクトリン」を国際機関も推し進めることを示したのが1997年の「アジア通貨危機」の事例だ。タイのバーツは暴落、韓国も国家破産寸前に追い込まれる。欧米各国が救済に動かない中、IMFがついに重い腰を上げる。だが融資をするための条件として、貿易自由化、基幹産業の民営化、財政赤字の解消など厳しい条件を課した。その結果、いずれの国も外資系企業の餌食となっていく。中露などの大国も、国家が主導して同様の事態を引き起こしていく。元々弱体化した国々を援助する目的で創設されたIMFや、西側陣営とイデオロギーを異にする大国が積極的に新自由主義政策を導入するのはなぜか。第二回は、アジア通貨危機、天安門事件、ソ連崩壊等の事例を通して、国際機関や大国が特定の利害に追従するように変貌してしまった原因を探る。
第3回 戦争ショック・ドクトリン 株式会社化する国家と新植民地主義
イラク戦争後、占領政策をまかされた連合軍暫定当局(CPA)のブレマー代表は意図的に無政府状態と恐怖の蔓延を助長し市民は思考停止状態に。それを好機として過激な市場開放を断行。そこに米企業が群がった。一方で、この戦争の発端である米国同時多発テロによりセキュリティ産業バブルが生じ、国防の主要機能の急速なアウトソーシングが始まった。「コーポラティズム国家」の誕生だ。政府高官は続々とそれら企業に天下り、そこで生まれる利益を欲しいままに。占領下のイラクもこうした米企業に食いものにされていく。第三回は、戦争を利権の巣窟と化す「コーポラティズム国家」の問題性を暴き出す。
第4回 日本、そして民衆の「ショック・ドクトリン」
「ショック・ドクトリン」は、米南部のハリケーンやアジアの津波災害においても踏襲され、津波で根こそぎにされた沿岸集落の被害をチャンスととらえて、その土地をまるごと民間に売り飛ばして高級リゾート開発へつなげという論理にも応用されていく。堤さんは日本も例外ではないという。だが民衆たちも黙って従っているだけではない。タイでは外資に奪われる前に被災地に「再侵入」。権利を主張しつつ地域ネットワークを使った互助的活動により自力で復興を成し遂げていく。第四回は、日本での事例にも言及しながら、「ショック・ドクトリン」を逆手にとって民衆たちを覚醒するために利用する方法を模索していく。
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