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戸谷洋志の「原子力の哲学」を読んだ!

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戸谷洋志の「原子力の哲学」(集英社新書:2020年12月22日第1刷発行)を読みました。ずっとそばにあった本ですが、なかなか読むことができないでいました。ある時、これを読まないことには何ごとも始まらないと思い至って、一気に読みました。とはいえ、とんでもなく難しい本でした。果たして理解したかどうかは、神のみぞ知る?

 

マルティン・ハイデガー、カール・ヤスパース、ギュンター・アンダース、ハンナ・アーレント、ハンス・ヨナス、ジャック・デリダ、ジャン=ピエール・デュピュイ。
本書は原子力(核兵器と原子力発電)をめぐる7人の代表的な哲学者の考えを紹介し、それぞれの人と思想の関係を整理する。
技術、自然、そして人間――。
原子力の脅威にさらされた世界はどのようなもので、そうした世界に生きる人間はどのように存在しているのか、その根源を問うていく。

目次
第1章 原子時代の思考――マルティン・ハイデガー
第2章 世界平和と原子力――カール・ヤスパース
第3章 想像力の拡張――アンダース
第4章 世界の砂漠化――アーレント
第5章 未来世代への責任――ハンス・ヨナス
第6章 記憶の破壊――ジャック・デリダ
第7章 不可能な破局――ジャン=ピエール・デュピュイ


以下、各項目の最後にあった「まとめ」から引用したものです。


第1章 原子時代の思考――マルティン・ハイデガー

原子力をめぐるハイデガーの思想の独創性は、第一に、彼が原子爆弾ではなく原子力によって象徴される時代のあり方に注目している点に、また第二に、原子力時代の脅威を人間の思考への影響から説明している点に、見いだされる。また、特にこの第二の視点を有しているからこそ、ハイデガーが提示する処方箋もまた人間の思考のあり方にアプローチするものである。ハイデガーが訴えているのは、まず第一に私たちは原子力時代について思考するべきである、ということであり、そうした思考を経ないまま反核や脱原発を訴えることは、単なる空回りに終わる恐れがあるからだ。彼が放下という概念で表現しようとしていたことは、二者択一の拒否であり、たった一つの考え方しかないと思い込むことの拒否である。

 

第2章 世界平和と原子力――カール・ヤスパース

原子爆弾は人類を絶滅させる威力をもっている。それに対する理想的な解決策は、世界平和を実現することによってすべての原子爆弾を廃棄することである。こうした世界平和が構築されるための条件は、すべての人々が理性的に思考し、互いに意見を交わし合うことによって、共同性を作り上げていくことである。それが民主主義の理念に他ならない。そうである以上、原子爆弾の問題を専門家任せにするのではなく、一人一人の人間が当事者としてこの問題について思考することが、原子爆弾の全世界的な廃棄に向けた第一歩なのである。


第3章 想像力の拡張――アンダース

原子力の脅威と対峙するために、自然科学的な思考の有限性を明らかにし、それに対するオルタナティブな知を模索する。ということは、本書で取り上げるすべての哲学者にとって共通の課題である。ハイデガーの場合は、計算的思考に対して省察的思考を挙げ、ヤスパースは、悟性あるいは管轄的思考に対して理性を挙げていた。アンダースの場合には、それが想像力である、ということになる。そして、想像力の拡大を訴えるがゆえに、文学の有用性を訴える点にも彼の思想の特徴がある。そうした点は、特に「交わり」による民主主義的な共同性の樹立を訴えたヤスパースと、対照的である。


第4章 世界の砂漠化――アーレント

政治は公的領域において行われる。私的領域から公的領域に参入するには、自分の私的領域を超え、命を賭ける勇気が必要である。それに対して公的領域は、そこに現れた人々に勇気を称え、永遠に記憶することができる場であり、そうした場が世界に他ならない。これに対して、原子力は本来地球には存在しない力、宇宙の力を導入するテクノロジーである。原子爆弾の爆発は、そうした宇宙の力が世界に導入され、かつての世界の条件が覆されるという事態を象徴する出来事であった。そしてそれは、もはや人間がそこにおいて「勇気」すなわち自由を発揮する場が失われるということであり、現代社会においては自分の生命を保護することだけが唯一の関心になってしまう。


第5章 未来世代への責任――ハンス・ヨナス

ヨナスは原子力によってもたらさせる破局として核兵器よりも原子力発電を重視している。なぜなら、核兵器による破局が現在においてすでに危険であるとみなされているのに対して、原子力発電は一見して人類の福祉に寄与するものであり、その危険性が十分に自覚されていないからだ。ヨナスは、そうした原子力発電の危険性として、放射性廃棄物の問題だけではなく、それによってもたらされる社会的ー経済的ー生態的なシステムの崩壊を挙げている。そうした未来に起こる破局を回避するためには、私たちは最悪の未来を自ら想像し、その破局に対して恐怖を抱くことによって、思慮深さをもってこの未来を回避しなければならない。それがヨナスの提唱する「恐怖に基づく発見術」という方法論である。

 

第6章 記憶の破壊――ジャック・デリダ

核の脅威を運命として論じている点でハイデガーと通底しながら、科学的合理性に基づく予測の有限性を指摘する点ではアンダースに近く、また核の脅威を記憶の問題として論じる点ではアーレントにも似ている。しかし、発明・出来事・彷徨宿命といった種概念を駆使することによって、そのいずれとも異なる理路によってこれらの論点を統合している点に、デリダの独創性がある。デリダは核戦争には現実的指向対象が存在しないと主張してきた。しかし、確かに全面的な核戦争が起きていないのだとしても広島と長崎に対する核攻撃は実際に行われている。それに対してデリダは「1945年のアメリカの爆弾の爆裂は古典的な通常戦争の終わりであり、核戦争の始まりではない」と指摘するに留めている。


第7章 不可能な破局――ジャン=ピエール・デュピュイ
デュピュイの思想の特徴は、破局の予測不可能性を指摘した上で、これを乗り越えるために大胆な形而上学的思弁を展開している点にある。原発事故をはじめとする破局が起きたとき、事前に問題を予測できたはずなのになぜ対処できなかったのか、という批判は必ず起きる。確かに、そうした批判がその後の危機管理を強化し、起こりえた破局を回避することに寄与することもあるかも知れない。しかし、破局は予測できるという前提に立っている時点で、そうした危機管理は破局に対して漸弱である。これに対してデュピュイが提案するのは、科学的な実証性に基づく予測ではなく、文学的な想像力によって運命を表象し、未来を固定することの必要性である。

戸谷洋志(とや ひろし):
1988年東京都生まれ。哲学研究者、大阪大学特任助教。
法政大学文学部哲学科卒業、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。
現代ドイツ思想を軸に据え、テクノロジーと社会の関係を研究。
著書に『Jポップで考える哲学――自分を問い直すための15曲』『ハンス・ヨナスを読む』、共著に『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』、『漂泊のアーレント 戦場のヨナス――ふたりの二〇世紀 ふたつの旅路』がある。

 

NHKEテレ、100分de名著

「存在と時間 ハイデガー」

解説:戸谷洋志

2022年4月


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