ローベルト・ゼーターラーの「ある一生」(新潮クレスト・ブックス:2019年6月25日発行、2022年11月5日5刷)を読みました。
どういう経緯でこの本を手にしたのかはよく覚えていません。ローベルト・ゼーターラーの本、購入したのは「野原」(新潮クレスト・ブックス:2022年10月25日発行)が先でしたが、すぐ後に「ある一生」を購入しました。
人生を織りなす、瞬くような時間。
恩寵に満ちた心ゆさぶられる物語。
20世紀の時代の荒波にもまれながら、
誰に知られることもなく生きたある男の生涯が、
なぜこんなにも胸に迫るのだろう。
池澤夏樹は以下のように書いています。
これは一つの完結した人生の物語りであり、主人公は80年の生涯を幸福に終えた、と言ってしまいたい。エッガーというこの男には自分の境遇を他人と比べるという考えがまったくない。いわば生まれついて達観の域に達している。身体にちょっとした障とくがあるし、理想の結婚生活は長くは続かなかったし、異国に送られて苦労した。彼はそれらを全て受け入れる。アルプスの自然は彼の生きかたを肯定する。エッガーが造ったロープウェイはひょっとして天国に通じているのではないか。
さて、ここからは「訳者あとがき」からの引用です。
本書は、ひとりの男のほぼ20世紀いっぱいにわたる一生を描いた小説だ。
アンドレアス・エッガーは、幼いころにオーストリアアルプスにある村にやってきた。当時で言うところの「未婚の母から生まれた私生児」で、その母を亡くしたため、親戚の農家に引き取られることになったのだ。ときは20世紀の初頭、正確な生年月日を知られていないエッガーは、とりあえず1898年生まれの4歳ということのされた。
子どものころから激しい労働を課せられ、養父からの体罰が原因で片足を引きずるようになったエッガーだが、やがて逞しい若者に育ち、独立して、農作業の手伝いなどの日雇い仕事をするようになる。そして、貯めた金で山の斜面に小さな土地を借り、小屋を修繕して、ついに「我が家」を持つ。
・・・訪れた食堂で、エッガーは村に来たばかりの給仕係のマリーに出会う。生まれて初めて恋に落ち、決死の思いで声をかける。そして、マリーにふさわしい男になるため、ロープウェイ建設会社の作業員として働き始める。谷から山頂までのロープウェイ建設は、村と時代とを変える一大事業だった。
一世一代のプロポーズ、つつましくも幸せな結婚生活、厳しく危険ながら、世界の進歩に寄与していると実感できる仕事。ところが、ある年の雪崩でエッガーの運命は一変する。
そして起こった戦争、従軍、ロシアでの長い抑留生活、復員後の山岳ガイドへの転身。そして歳を重ね、引退して、人里離れた小屋で暮らし始めたエッガーは、あるとき「氷の女」に出会う――。
主人公アンドレアス・エッガーは、歴史に名を残した人間ではない。その人生は厳しく、劇的ではあったが、ある意味では、同時代人の誰もが送った平凡なものだったとも言える。エッガーが暮らす村も、周囲の山々も、すべて架空の場所だ。アルプスのどこに生きた男であっても不思議でないある男の「ある一生」を、本書は淡々と描き出していく。
従軍と抑留生活を除けば村から出ることもなく、一生のほとんどを孤独に貧しく暮らしたエッガー。端から見れば理不尽ばかりの運命と環境のなか、黙々と生きた彼が、老年に達し、自らの一生を振り返ったとき、感傷とも自己陶酔ともまったく無縁に抱く感慨のあまりの簡素さと力強さ、潔さは、読む者にある種の衝撃さえ与えるのではないだろうか。
ローベルト・ゼーターラー:
1966年ウィーン生まれ。オーストリアの作家・脚本家・俳優。数々の舞台や映像作品の出演後、2006年「蜂とクルト」で作家デビュー。「キオスク」などで好評を博す。本書は2014年の刊行以来、長らくベストセラーリストにとどまり、ドイツ語圏で80万部を突破、すでに37ゕ国で翻訳が決まっている。2015年グリンメルズハウゼン賞を受賞、2016年ブッカー国際賞、2017年国際ダブリン文学賞のショートリスト入りを果たし、英語圏でも高く評価されている。
浅井晶子:
1973年大阪府生まれ。京都大学大学院博士課程単位認定退学。訳書にイリヤ・トロヤノフ「世界収集家」、パスカル・メルシエ「リスボンへの夜行列車」、カロリン・エムケ「憎しみに抗って」、トーマス・マン「トニオ・クレーガー」、エマヌエル・ベルクマン「トリック」ほか多数。2003年マックス・ダウテンダイ翻訳賞受賞。
「野原」
新潮クレスト・ブックス
著者:ローベルト・ゼーターラー
発行:2022年10月25日
発行所:株式会社新潮社
(未読)