吉田修一の「おかえり 横道世之介」(中公文庫:2022年5月25日初版発行)を読みました。過去に、吉田修一の「横道世之介」は読んでいますし、沖田修一監督の映画も観ました。
さて、今度は「おかえり 横道世之介」です。
人生のダメな時期、万歳。
人生のスランプ、万々歳。
青春小説の金字塔、待望の続篇。
バブル最後の売り手市場に乗り遅れ、バイトとパチンコで食いつなぐこの男。名を横道世之介という。いわゆる人生のダメな時期にあるのだが、なぜか彼の周りには笑顔が絶えない。鮨職人を目指す女友達、大学時代からの親友、美しきヤンママとその息子。そんな人々の思いが交錯する27年後。オリンピックに沸く東京で、小さな奇跡が生まれる。
『続 横道世之介』を改題の上、文庫化。
アメリカへ留学するというコモロンは言う。
「でも、世之介のおかげってのもあるんだよ」
「世之介ってさ、いつ見ても0だからさ、だから、世之介のこと見てると、なんか、『まだ、ここからいくらでもスタートできるかな』って思えんの」
なんだか、褒められているのか貶されているのか分からないが、ふと世之介が思い出したのは、つい先日、父に言われた「ここがおまえの人生の一番底だ。あとはここから浮かび上がるだけ」という励ましである。
最初、父もまた何かの仕事で、ここアメリカにいるのだろうかと思った。しかし父の声はどこか重く、次に聞こえてきたのが、「横道世之介さんって人、亡くなったぞ」という声だった。ピンとこないどころか、父がヘンな冗談でも言ってるのだと思った。「何、言ってんの?」、しかし、
「電車の事故で亡くなったみたいだ。線路に落ちた女性を助けようとして、横道さんと韓国人留学生の人が飛び降りたら死んだけど、間に合わなかったみたいで…」
本当に不思議だった。世之介兄ちゃんが亡くなったという話には、まったくピンとこなかったのに、線路に落ちた人を救おうと、そこへ飛び降りる世之介兄ちゃんの姿はすぐに浮かんだ。
去年の4月から、だらだらと始まったこの一年間の物語も、桜の開花を待たずに、そのままだらだらと終わりを迎えようとしている。
人生などというものは、決して良い時期ばかりではない。良い時期があれば、悪い時期もあり、最高の一年もあれば、もちろん最低の一年もある。
一応大学は卒業したものの、一年留年したせいでバブル最後の売り手市場にも乗り遅れ、バイトとパチンコでどうにか食い繋ぎながら始まった世之介のこの一年が、決して最高の時期ではなかったのは間違いない。
ただ、ダメな時期はダメなりに、それでも人生は続いていくし、もしかすると、ダメな時期だったからこそ、出会える人たちというのもいるのかもしれない。
とすれば、人生のダメな時期、万歳である。
人生のスランプ、万々歳なのである。
「吉田修一さんは今、完結編を連載していて、ほかにも少年編を考えているって聞いたんですが」と、「横道世之介」の監督の沖田修一は、高良健吾との対談で言う。
吉田修一:
一九六八年長崎県生まれ。九七年「最後の息子」で文學界新人賞を受賞し、作家デビュー。二〇〇二年『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞、〇七年『悪人』で毎日出版文化賞と大佛次郎賞、一〇年『横道世之介』で柴田錬三郎賞、一九年『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞を受賞。その他の著書に『怒り』『静かな爆弾』『ミス・サンシャイン』など多数。
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