11月の放送は、2021年9月に放送した番組のアンコール放送です。
100分de名著「ル・ボン『群集心理』」
横暴かつ単純、偏狭かつ従属的――。
善良な人びとが「群集」と化す過程を考察し、
その特性や功罪を徹底的に論じた社会心理学の嚆矢。
政治のあり方からネット炎上までを俎上にのせ、
私たちの社会に蔓延する群集心理の問題をあぶり出す。
プロデューサーAのおもわく
インターネットやSNSの隆盛で、常に他者の動向に注意を払わずにはいられない私たち。その影響で、現代人は自主的に判断・行動する主体性を喪失し、極論から極論へと根無し草のように浮遊し続ける集団と化すことが多くなりました。今から一世紀以上も前に、そうした集団を「群衆」と呼び、彼らの心理を鋭い洞察をもって分析した一冊の本があります。「群衆心理」。フランスの心理学者ギュスターヴ・ル・ボン(1841 - 1931)が著した、社会心理学の嚆矢となる名著です。
ル・ボンは、群衆が歴史に表舞台に躍り出てきた原因が、西欧を支えていた伝統的な価値観が崩壊したことにあるといいます。自分たちを縛る箍がはずれた時、群衆はその盲目的な力を発動させました。人は、群衆の中にいるとき「暗示を受けやすく物事を軽々しく信じる性質」を与えられます。論理ではなく「イメージ」によってのみ物事を考える群衆は、「イメージ」を喚起する力強い「標語」や「スローガン」によって「暗示」を受け、その「暗示」が群衆の中で「感染」し、その結果、群衆は「衝動」の奴隷になっていきます。これが「群衆心理のメカニズム」です。
18世紀後半から19世紀、圧倒的な多数を占め始めた彼らが社会の中心へと躍り出て支配権をふるうようになったとル・ボンは分析し、彼らを動かす「群衆心理」が猛威を振るい続ければ、私たちの文明の衰退は避けられないと警鐘を鳴らすのです。
ル・ボンはまた、こうした群衆心理が為政者や新聞・雑誌等のメディアによってたやすく扇動されてしまうことにも警告を発します。政治家やメディアは、しばしば、精緻な論理などを打ち捨て、「断言」「反復」「感染」という手法を使って、群衆たちに「紋切り型のイメージ」「粗雑な陰謀論」「敵-味方の単純図式」を流布していきます。極度に単純化されたイメージに暗示を受けた群衆は、あるいは暴徒と化し、あるいは無実の民を断頭台へと送り込むところまで暴走を始めます。こうなると、もはや事実の検証や論理では止めることができなくなると、ル・ボンは慨嘆するのです。
「わかりやすさの罪」という著作で知られるライターの武田砂鉄さんによれば、ル・ボンのこうした分析が、SNS全盛時代における民主主義の限界やポピュリズムの問題点を鋭く照らし出しているといいます。果たして、私たちは、群衆心理とどう向き合ったらよいのでしょうか? 現代の視点から「群衆心理」を読み直し、「単純化」「極論」に覆われた社会にあって「思考し問い続ける力」をどう保っていけばよいかを考えます。
第1回 「群衆心理」のメカニズム
第2回 「単純化」が社会を覆う
第3回 操られる群衆心理
第4回 群衆心理の暴走は止められるか