アニー・エルノーの「嫉妬/事件」(早川書房:2022年10月25日発行)を読みました。アニー・エルノーの「シンプルな情熱」は、映画も観たし本も読みました。
本作「事件」も映画化されて、12月2日からBunkamuraル・シネマで公開されるようです。ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞とあります。
本のカバー裏には、以下のようにあります。
別れた男が他の女と暮らすと知り、私はそのことしか考えられなくなある。どこに住むどんな女なのか、あらゆる手段を使って狂ったように特定しようとしたが――。妄執に取り憑かれた自己を冷徹に描く「嫉妬」。1963年、中絶が違法だった時代のフランスで、妊娠してしまったものの、赤ん坊を堕ろして学業を続けたい大学生の苦悩と葛藤、闇で行われていた危険な堕胎の実態を克明に描く「時間」を合わせて収録。解説/井上たか子
堀茂樹は「訳者あとがき」で、以下のように書く。
「嫉妬」も「事件」も小説ではない。フィクションではないし、いわゆるノンフィクションでもまたない。1984年初版の「場所」以降のA・エルノーのすべての主要作品と同様、著者自身が引き受ける一人称の「私」の名において記述された自伝的「文章」「テクスト」である。「嫉妬」では、若い恋人を他の熟年女性に奪われた熟年の語り手「私」が、嫉妬の虜となっていた時期の自らのありさまを克明に、まるで実態を追い詰めて暴き出そうとするかのように記述している。「事件」の「わたし」は、二十代前半で体験した堕胎という「事件」を振り返り、その一部始終を心的かつ身体的な決定的経験として、何ものにも怯むことなく淡々と記述している。
いずれのテクストにおいても、「私」が「私」を、しかも「私」の内的体験を語る。けれどもこの「私」には、自己陶酔的なところが微塵もないかといって、むやみに自分の傷を搔きむしるようなところも皆無だ。それどころか、ナルシシズムともヒステリーとも無縁な姿勢で、ひたすら自らの体験の真実に肉薄している。そっして真実の認識に、開放を求めている。
アニー・エルノー:
1940年、フランス北部ノルマンディー地方のリルボンヌ生まれ。五歳頃から十八歳まで、小さなカフェ兼食料品店を営む両親のもと、同じ地方のイヴトーという町で過ごした。ルーアン大学卒業後、長年高等教育に従事した。1974年、作家デビュー。1981年に第3作「凍りついた女」を発表。父を語った自伝的な第4作「場所」(1983年)で1984年度のルノードー賞を受賞。つづく第5作「ある女」(1987年)では母を語り、「シンプルな情熱」(1991年)では一転して自己の性愛体験を語って大反響を呼んだ。1993年には「戸外の日記」を上梓。本書「嫉妬/事件」に収録の「事件」と「嫉妬」を、それぞれ2000年と2002年に刊行した。2008年に発表したLes anneesでマルグリット・デュラス賞を受賞し、2019年には国際ブッカー賞の最終候補になった。現在も執筆活動を精力的に続けており、2022年にはLe jeune hommeを上梓。2022年にノーベル文学賞を受賞した。
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