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鈴木凉美の芥川賞候補作「ギフテッド」を読んだ!

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鈴木凉美の芥川賞候補作「ギフテッド」を読みました。

第167回芥川賞候補作を読むのは五作目、候補者全員が女性という、前代未聞の出来事です。

 

さて、「ギフテッド」とはなにか?ウィキペディアには、以下のようにあります。

ギフテッド: gifted)とは、一般的な人々と比較して先天的に顕著に高い知性と精神性、共感的理解、洞察力、独創性、優れた記憶力を持つ人々を指す。知的才能保持者。これらの定義は世間的な成功を収める、収めないに関わらない。目立つことを避けようと故意ないし無意識的に怠け者や優秀でない者、天然な性格を演じることで社会に溶け込もうとする傾向が報告されている。

が、しかし鈴木凉美の「ギフテッド」は、どうもそれとは違うように思えます。

 

作品紹介には、以下のようにあります。

第167回芥川賞候補作にして、『「AV女優」の社会学』『体を売ったらサヨウナラ』などで知られる鈴木涼美の、衝撃的なデビュー中編。歓楽街の片隅のビルに暮らすホステスの「私」は、重い病に侵された母を引き取り看病し始める。母はシングルのまま「私」を産み育てるかたわら数冊の詩集を出すが、成功を収めることはなかった。濃厚な死の匂いの立ち込める中、「私」の脳裏をよぎるのは、少し前に自ら命を絶った女友達のことだった――「夜の街」の住人たちの圧倒的なリアリティ。そして限りなく端正な文章。新世代の日本文学が誕生した。

 

鈴木凉美の「ギフテッド」は、以下のように始まります。

歓楽街とコリアンタウンを隔てる道路に面した建物の裏手に回り、駐車場の奥にある重たい扉を開けて、その扉のすぐ横の内階段を三階まで登る。階段を上りきると再び廊下に続く重たい扉があり、そこに体重をかけて一定以上の幅まで開いたときに鳴る金属の軋むような音を必ず鳴らして、ゆっくり閉まりきる前に、今度は自分の部屋のドアの錠に鍵を差し込み左側に回して鍵の開く音を聞く。夜ごと、この二つの音を聞いて帰ってくる。

 

秋が本格的に深まる少し前に私の部屋に越して来たいという母の要望を気軽に受け入れた。母の胃に巣食う病はいよいよ生命の維持すら困難な段階まで進み、死に場所を探しているようだった。あと一編だけ、詩をかき上げたいの、と電話越しに母は言った。「病院のベッドの上ではそれが無理なの。わかるでしょう」。・・・母はついに、彼女が望むような崇高な成功はおさめなかった。薄い詩集を何冊か出版し、その美しい顔でいくつか雑誌のインタビューに取り上げられ、地方局の朝の番組で一度、英国の詩人の詩を日本語で朗読した。それだけだった。

 

昨年の春頃には生き延びるつもりだと言っていた母は、そのような気概はもうないようだった。結局、仕事道具の入った鞄を開けてペンを取ることもなく、たかだか九日間私の部屋に寝泊まりしただけで、呼吸困難になって病院に戻った。

 

次の日も、その次の日も、週が明けた次の日も、私は扉の蝶番の軋んだ音と、鍵の回転で鳴る音を聞いて帰った。・・・医者に、今日からどうしても無理な場合を除いて、母が起きている時間は病院で付き添うように言われたので、飲み屋を辞めることにした。

 

「ねぇ、タバコやめた?」「やめなさい」。母の語尾はいよいよはっきりと発音されていた。「わからないことを、わかっちゃダメだ」。一層声を張って、母が言った。「え? どういう意味?」「わかることだけを、わかりなさい」。再び目を閉じた母は、少し笑っているように見えた。死に際というと、もっといろいろな管や針で身体の自由を奪われている印象があったけど、かなり前から死ぬことが決まっている母を拘束するものはほとんど何もなかった。

 

ホストの部屋に泊まった翌日に病院から家に帰ってみると生理がきていた。セックスをすると生理が予定通りくることが多い。一日目と二日目の経血の量と下腹部痛が酷いのだが、四日目の今日も時々下腹部と腰が痛む。ニ十歳を過ぎるまで、生理不順だと思っていたが、しばらくして月に一度でもセックスをすればほとんど規則的に生理になることがわかった。

 

それが最後の息で、私は看護師の発しかけた言葉に気を取られて、その時の母の顔を見ていない。視線を戻して、しばらく見ていると、顔色も表情も、明らかな死人のそれに変わっていった。・・・母の鞄はおそらく最後の入院で一度も開けられていないのだと思い、ファスナーを横に引くと、最初に出てきたノートは、それほど古いものではなく、最初のページの日付を見る限り、病で死ぬことがわかってから使いだしたものだった。

 

病院のベッドでは最後の詩を書き上げられないと言い、私の部屋にやってきた。最初からほとんど詩など書く気はなく、私と数日過ごすことだけが目的なのか、そのどちらかは分からなかったが、そのどちらかだ。書く気があったのかなかったのかわからないが、その最後の詩には手をつけずに逝ってしまったのだと思っていた。

 

「ギフテッド」の終わりは、こうである。

私が病院に送っていった日付が近づき、タイトルのついたページがあった。題名らしき文字は片仮名でドアとある。

――もうすぐ夜がやってきます。

――いいですか?

空白の数行が続き、残り三行が続いていた。

――ドアがパタリとしまりますよ。

――ドアがしまるとき、かいせつは、いりません。

――できれば、しずかにしまるといい。

 

これで第167回芥川賞の候補作、五作を読み終えました。

そうなると、受賞作の予想です。

女性ばかりの候補作、これが選ぶのが難しい。

消極的ですが、えいやっと、受賞作は年森瑛の「N/A」とします。

対抗は、小砂川チトの「家庭用安心坑夫」でしょう。

二作とも他の文芸誌の新人賞を受賞した作品ではありますが。


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