年森瑛の芥川賞候補作「N/A」を読みました。第167回芥川賞候補作は、読むのは3作目です。
始まりはこうです。
保健室だよりの見出しが目に入った。
「低体重は月経が止まる危険性があります」
「将来のために過度なダイエットはやめましょう」
その日から、炭水化物を抜くのが始まった。母に何か言われたら、食べ過ぎると眠くなって勉強や部活に身が入らなくなるから、と答えた。元々平均体重より痩せているほうだったので、生理が来なくなるのはあっという間だった。
「まどかはどこへ行くん」「人と会う」。人って、 と鼻で笑われた。「彼氏って言えし」。うみちゃんのことを彼氏と呼ぶのは何となく嫌だった。恋人というほど甘ったるくもなく、相方というほどくだけた関係ではなく、最近流行りのパートナー呼びも、中身が伴わないハリボテの名匠に感じられた。付き合っている人、というのがまどかの中で今のところしっくりくる名称だった。
「こないだ家でやった時、彼氏がさ」「うん」「途中でうわーっ!て叫ぶから、何かと思ったらちょうど血祭が来てて」「ああ」「シーツ汚したらヤバいから、ブリッジ? 逆プランク?みたいに尻浮かせて、秒でベットから降りたんだけど、完全に引かれた」「ブリッジで?」「血祭のほう。いや、どっちもなのかな?女はみんな慣れてるけど、男はたぶんナマでみたことないじゃん、血。びびってた。どばっと出たから」。
母に勧められるがまま受験して、運よく合格していた私立中高一貫女子高に進学した。入学早々に、簡単にさわれるけど実際には誰も手を出さない王子様として担がれた。仲のいい友だちは何人かできても、かけがいのない他人は見つからなかった。半ば諦めて、高校二年生まで進級したところでうみちゃんと知り合った。秋ごろ、教育実習生として彼女はやってきた。
うみちゃんは高一のクラスの担当で、黒板に書く文字が汚すぎて読めないという評判が学年を越えて流れてきた。その日の夜にDMが来た。受験の相談に乗るから、よかったら話しながら軽くごはんとか、という内容だった。連れていかれたイタリアンバルで、うみちゃんはDMで言った通りに受験の相談に乗ってくれた。帰り道に「私と付き合ったら絶対に面白いから付き合わない?」と言われて、この人、最初からこのつもりだったんだ、と初めて気付いた。
まどかがこの身体になってから、母は狼狽し、激昂し、号泣し、それらの感情をまどかの前では出さないように苦心した。まどかを責めないように、体型のことを口にしないように、様々な資料を読んで、勉強した通りに接した。恐らく母が相談したのだろう、呼び出された保健室でも、先生による、丸っこくてやさしい言葉がまどかの表面を転がっていった。「瘦せていなくてもありのままのあなたの姿が美しいですよ」「生理は汚くないし恥ずかしくないことですよ」。
まどかは、ただ股から血が出るのが嫌なだけで、みんなのように嫌々言いつつも毎月やり過ごすことができなかっただけで、美しいとか、汚いとかは、どうでもよかった。嫌なものは嫌だ。それだけのことが伝わらなかった。痩せることは生理を止めるための手段であって目的ではなかったのに、拒食症の女の子と見なされたので、拒食症の女の子用の言葉だけが与えられた。かけがいのない他人ほしさにうみちゃんと付き合ってみただけだった。それでLGBTの人で固定されてしまった。同性との恋愛関係を望む人になってしまった。
第127回文學界新人賞は、五篇を最終候補とし、青山七恵、東浩紀、金原ひとみ、長嶋有、中村文則、村田沙耶の六選考委員により、選考が行われた。
五作とも完成度の高い小説だった。蓋を開けてみれば全会一致で受賞作が決まった。と、選考委員の金原ひとみ。
高校生のまどかは常に違和感を抱えている。恋愛にも、性別にも、生理にも。どこにいても異物として生きる彼女には、それでも同性の恋人がおり、普通に友達がいて、学校では女の子たちから王子様扱いをされ、家族関係にも大きな問題はない。まどかのいる世界には気遣いが行き渡っている。母親は彼女の摂食障害に気づいているものの直接的な言及を避けてるし、言いにくいことを伝えようとする友人は相手を傷つけない伝え方をググっている。しかしその世界に於いても取り残される少数派に、まどかは入っている。本作には紛うことなき現代を生きる人間がぶち当たっている壁が克明に描かれている。周囲の人々の想像力の限界にうんざりしているまどかが、終盤で己自身の想像力の限界に直面する構成も効いている。本作は不足も過剰もない。完璧な正解と言いたくなるほどバランスの取れた作品だ。欠点がないこと以外の欠点は見当たらない。
いや~っ、驚きました、絶賛です。
もう一人、東浩紀の選評を。僕は男性側の東の選評に共感を。
受賞作の主人公は生理を忌避しダイエットで身体管理をしている瘦身の女子高生。ひょんなことから同性愛者の女性元教育実習生と交際することになるが、関係がSNSを通じて友人に露見し関係を中断することになる。主人公としては生理を忌避しているだけなのに、拒食症や同性愛者として分類され、他者の視線のもと勝手な物語を押し付けられる。そんなカテゴリー化の暴力への違和感を主題としているが、かといって主人公が完全に無垢な被害者として描かれているわけではない。関係の露見に慌てた主人公の振る舞いはあまりにも利己的で、元教育実習生に対しては加害者とも言える。作品の結末はその両義性を強く意識したものになっており、そこを高く評価した。
そのうえでひとつ注文をつけると、評者としては作品世界があまりにも狭く、また女子校的感性(?)を前提とshすぎているように感じた。物語は10代と20代の女性だけの会話で進み、母親も教師も関与しない。その限定ゆえの迫真性は認めるが、他方で腑に落ちないところもある。とりわけ元教育実習生との関係である。肉体肉体関係があるようにもみえるが、他方プラトニックなようにもみえる。そこを明確にしないと結末の意味も不明確なように思うが、評者は男子校出身で女子校文化から遠く、また年齢も重ねているので単純に読めていないだけかもしれない。
文学界新人賞で満場一致で推された作品、この勢いで芥川賞受賞なるか?読んでいない候補作があと二作あります。さてさて、どうなるか?