井上荒野の「生皮 あるセクシャルハラスメントの光景」(朝日新聞出版:2022年4月30日第1刷発行、2022年5月20日第2刷発行)を読みました。
皮を剥がされた体と心は未だに血を流している。
動物病院の看護師で、物を書くことが好きな九重咲歩は、小説講座の人気講師・月島光一から才能の萌芽を認められ、教室内で特別扱いされていた。しかし月島による咲歩への執着はエスカレートし、肉体関係を迫るほどにまで歪んでいく--。
7年後、何人もの受講生を作家デビューさせた月島は教え子たちから慕われ、マスコミからも注目を浴びはじめるなか、咲歩はみずからの性被害を告発する決意をする。
なぜセクハラは起きたのか? 家族たちは事件をいかに受け止めるのか? 被害者の傷は癒えることがあるのか? 被害者と加害者、その家族、受講者たち、さらにはメディア、SNSを巻き込みながら、
性被害をめぐる当事者たちの生々しい感情と、ハラスメントが醸成される空気を重層的に活写する、著者の新たな代表作
7年前の出来事を、九重咲歩に続いて月島を告発した小荒間洋子の述懐・・・。
もし私が彼を愛していた しれません。でも、私は彼を愛していなかったし彼と寝たいとは思っていなかった。彼が何のためにそうしたかとは無関係に、彼がしたことは略奪です。暴力です。
彼は私の皮を剥いだ。無理矢理に。その皮はいまだに再生されていません。皮を剝がされた体と心は未だに血を流しています。ヒリヒリと痛いです。どうにかしようとして、上から何か被っても、その下でずっと血が流れているんです。今もそうです」。
他に、多様な背景と考えのある人物も数多く登場しています。僕は、安直な直線的思考に加担するつもりはありません。作家は小説で読者を啓蒙する気はないという。
朝日新聞:2022年5月28日