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金原ひとみの「アンソーシャル ディスタンス」を読んだ!

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金原ひとみの「蛇にピアス」は芥川賞を受賞した時に読んでいます。なんと言っても綿矢りさとの芥川賞同時受賞が社会的な事件であり、大きな話題となりました。が、吉高由里子の主演の映画「蛇にピアス」が、僕は圧倒的に印象に残っています。その後、綿矢りさは少しは読んでいますが、金原ひとみは全く読んでいないんですよね。

 

第57回谷崎潤一郎賞を受賞した「アンソーシャル ディスタンス」、久しぶりの金原ひとみの作品です。朝日新聞の書評委員を務めているので、よく書評を書いていて、読んでいます。選ぶ本が金原ひとみらしいといつも思いながら読んでいます。

 

谷崎潤一郎賞の選考委員は、以下の方々です。
池澤夏樹、川上弘美、桐野夏生、筒井康隆、堀江敏幸。

 

選評は字数も限られているので、皆さん当たり障りのないコメントですが、それでもコメントは重要な指摘となっています。

池澤夏樹は「今を生きる普通の女たちの内面が赤裸々に語られているように見えて、実はそうではない。巧妙に作り込んであるのだ」と述べています。

川上弘美は「依存。どの短篇を読んだ時も、この言葉を想った。人間はたいそう依存的な体質を持つ生物だ。金原ひとみは、人間の根源的な依存について知悉している」。

桐野夏生は「とりわけ、性に関する描写は秀逸だ。これでもかこれでもか、と繰り出される描写に圧倒される。性をあからさまに書けばいいというものではない、という人もいるかもしれない。作者は書けない言葉を使ってがむしゃらに、女たちの苦しみや痛みを解析してゆくのである」。

筒井康隆は「大変な文章力である。作者自身が自分を追いつめることのできる文章力であり、他に向けた刃をそのまま自分に向けることも辞さない攻撃的な表現に満ちていて驚かされる」。

堀江敏幸は「コロナ禍という世相がなければ成り立たないような、秀抜なタイトルが読者の目を引く。しかし、ここに収められた五つの短篇のうち、感染症の広がりの最中で書かれたのは、表題作と最後の一篇のみである。外の事象に対する怖れや焦りではなく、そうした心身の揺れを前にした狼狽を描くことによってソーシャルと呼びならわされているものの姿が、次第に手触りのある空気としてあぶり出されていく」。

 

直接のきっかけは、高橋源一郎と斎藤美奈子(僕に言わせればゲンちゃんとミナちゃん)ですが、「この30年の小説、ぜんぶ 読んでしゃべって社会が見えた」という河出新書を読んで、それに取り上げられていたからです。明日、その本についてはこのブログで取り上げます。それまでお待ちを…。

 

30年間のたくさん選ばれた本のなかで、最初に出てきたのが金原ひとみの「マザーズ」であり、最後に出てきたのが金原ひとみの「アンソーシャル ディスタンス」でした。二人の対談から…。

斎藤:金原ひとみさんの「アンソーシャル ディスタンス」は、度ストレートなコロナ小説です。それぞれ別の主人公が登場する連作短編集なんです。

高橋:5編ともおもしろかったです。やっぱり金原さん、素晴らしいな。

斎藤:アルコール依存症の女性とか、プチ整形にハマっていく女性とか、強迫観念に囚われた人たちの話。どれもヒリヒリするようなリアリティをもって描かれています。

高橋:連作の途中からコロナ禍になったんですよね。

斎藤:コロナ禍を描いているのは2編です。「テクノブレイク」はコロナによってギクシャクしたカップルの話。二人とも在宅勤務になって、彼氏がよく部屋に来る。ところが、それまでセックスなしでは暮らせないと思っていたのに、恋人がウイルスに見えてきて身体的な接触を避けるようになり、関係が壊れていく。

もうひとつが表題作の「アンソーシャル ディスタンス」で、卒業を控えた就活中の女子大生と社会人になりたての彼氏の物語なんですが、コロナ禍で生き甲斐にしていたバンドの公演が中止になり、自暴自棄になって「じゃあさ、二人でテロでも起こす?」「この旅行で心中でもしない?」。それで彼が就職祝いでもらった大金を手に、鎌倉、熱海あたりに旅行に行く。

高橋:一見、ノリが軽いよね。

斎藤:表層は軽いんですよね。この子はメンヘラ気味で、二人はラブホでセックスばかりしている。、しかしこれ、2020年の1度目の緊急事態宣言下のことを描いているわけです。この時期は、旅行はするな、県をまたいで移動もするなという行動制限があり、「ステイホーム」や「濃厚接触者」という用語が出てきた。

高橋:濃厚接触そのものだよね。セックスって危険なんだなっていうか、実は驚くべきことをやっているわけです。

斎藤:そうなの。旅行もセックスも大人に対する反抗、反社会的な行為だと考えると、ダテにじゃれあっているわけじゃない、結構冒険なんだ、みたいな。

高橋:男性の描き方も上手い。いや、ほんとに描写が上手くて説得力があるんだよね。恋人の幸希くんって、優しくてダメな子でしょ。序盤のほうにね、「幸希は弱々しく、邪悪なものと闘う気力がない。自分の意見を拒絶されたり否定されたりすると反論もせず、この人は分かってくれない、と自分の殻に閉じこもるのだ。面倒なのは殻に閉じこもり誰とも心を通わせないまま、それなりに誰とでも問題なく付き合えてしまうところだ」と書いてあるんですが、ほんとに正確。こういうもんだよね、男の子は」。

斎藤:旅行先で自分が感染して、自分のせいでお母さんが感染して死んだら、沙南とふたり暮らしをするのも結構いいかな、って想像したり、なりゆき任せ。

高橋:女の子はというと、沙南ちゃんは自分をこう言うんです。「私のような彼氏に道を踏み外させることに関しては超怒級のメンヘラ」。これも正確、というか自覚的ですね。「アンソーシャル ディスタンス」は、女性がこの世界で受けざるを得ない差別とか、引き受けざるを得ないさまざまなトラブルと闘っていく話じゃないですか。つまり、マイノリティが自分の生存に根ざしていることを書いている。

 

この二人の対談を読んで、金原ひとみの「アンソーシャル ディスタンス」を読んでみようと思ったわけです。

 

「アンソーシャル ディスタンス」
金原 ひとみ 著

収録作は以下の5編
心を病んだ同棲相手に疲れ、自らも高アルコール飲料に溺れていく――ストロングゼロ
職場の後輩との交際にコンプレックスを抱き、プチ整形を繰り返す――デバッガー
夫から逃避して不倫を続けるが、相手の男の精神状態に翻弄される――コンスキエンティア
パンデミックの世界から逃れ、心中の旅に出る――アンソーシャル ディスタンス
ウィルスを恐れ交際相手との接触を断つが、孤独を深め暴走する――テクノブレイク

 

 

金原ひとみ:

1983年生れ。2003年、『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞を受賞。2004年、同作で第130回芥川龍之介賞を受賞。2010年、『トリップ・トラップ』で第27回織田作之助賞を受賞。2012年、『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。2020年、『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞を受賞。その他の著書に『アッシュベイビー』『AMEBIC』『ハイドラ』『マリアージュ・マリアージュ』『持たざる者』『軽薄』『クラウドガール』『パリの砂漠、東京の蜃気楼』など。

 

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