第166回芥川賞の候補作、今までなんとか3冊を読み終え、これで4冊読了となります。毎回のことですが、今回も砂川文次の「ブラックボックス」(群像8月号)が「お取り扱いできません」ということで、手に入りません。新刊が出るのですが、1月末ということなので、タイミングがずれているので、読むのは断念しました。
そんなわけで、石田夏穂の、芥川賞候補作「我が友、スミス」を読みました。「我が友、スミス」は、第45回すばる文学賞で佳作に入ってます。選考委員は、奥泉光、金原ひとみ、川上未映子、岸本佐知子、堀江敏幸の5名です。選考委員の「選評」を読んでしまうのは、テストの前に答えを初めに見てしまうような感じで、ちょっと困りました。以下、選考委員の好意的な選評の一部を挙げておきます。
奥泉光:
スタイルに相応しい明快な文章が連ねられ、随所にユーモアがちりばめられて、作者の高い文章センスを感じさせる。・・・女性ボディービルダーの世界を描く本篇は、「なるほど女性のボディービルとはこういうものなのか」と納得させられる情報が面白く提示されるのがよい。
金原ひとみ:
ボディビルというニッチなモチーフに最初は戸惑うものの、テンポの良い文章とウィットに富んだ表現で特殊な世界が解説され、ぐんぐん引き込まれた。主人公がガンガン体を鍛え悟りを開いていく様子は爽快極まりなく、自分まで強くなっているかのような高揚感を与えてくれる。
川上未映子:
女性と身体を描くときにとうとう筋肉が――しかも精緻な情報と描写とともにやってきた、という感慨がまずあった。場面の動かなさも筋トレという忍耐に呼応し、身体格差、筋肉への評価の変遷、メイクをめぐる羞恥心の開陳も優れている。
岸本佐知子:
ボディビル競技という、多くの人にとって未知の世界を内側からリアルに描き、ぐいぐい読ませる力量がすばらしい。強い美を競い合うはずの競技で意外にもジェンダー役割の問題に突き当たる、という切り口もとてもいいと思った。何よりも、書き手が本当に好きなことを自由に書いている喜びが伝わってきた。
堀江敏幸:
元女性ボディビルダーにスカウトされ、大会に出ることになった主人公のトレーニングの様子が精緻に描かれるなか、増強剤なしの純粋な肉体美を目指すつもりが、実際にはミス・ユニバース的な要素も必要だとわかる。そこからの葛藤が生真面目なのにコミカルな印象を与えて好ましい。
石田夏穂の「我が友、スミス」は、以下のように始まります。
火曜は脚の日だ。私は、5台横に並べられた右端のパワー・ラックに陣取ると、バーベルを引っ掛けているフックの高さを調整した。・・・バーベルが肩の高さになると、私は肘をやや曲げ、バーベルを目の前に握った。ひんやりと手の平に冷たいバーベルを支えに、片足ずつ、脚を前後にぶんぶん振る。一分足らずの、見様見真似のウォーム・アップだ。脚の付け根に、引っ張られる感覚が走った。
そして、ラストはこうです。
そうだ、そんなことは、どうでもいい。私たちの目の前には、鍛えるべき身体がある。鍛えるための器具がある。そして、頭の中には、自分で決めた、揺るぎない理想の身体がある。他に、一体何がいるだろう。懸垂をしようと決めると、私は水筒の水を飲み、懸垂のできるパワー・ラックに足を向けた。なあ、S子。きっと、貴方や私にとり、ステージというやつは、自分で演出するものなのだろう。
石田夏穂は1991年、埼玉生れ、です。
以下、「受賞のことば」より。
唯一の心残りは、作中で一部のフィットネスの在り方を悪く書いてしまったことです。物語の都合上、致し方なかった部分もありますが、特定の在り方を非難するつもりは毛頭ありません。・・・多種多様な団体があり、大会があり、カテゴリーがあり、価値観が沢山あるところがフィットネスの魅力だと感じます。
私自身は「自称・趣味・筋トレ」の人間で、ジムに通うのが怠いです。懸垂は一回もできません。ジムに行ったものの、サウナに入っただけで運動した気になり帰ることも往々にしてあります。今回の評価を励みに、もう少し真面目に筋トレに取り組みたいと思います。
第166回芥川賞候補作、4冊読了です。が、毎回毎回、読後感をブログに書くのに苦労しています。「己の至らなさ」を突き付けられ、針の筵です。
さて、芥川賞受賞作はどの作品になるのか?今回ほどバラエティに富んだ作品が多く、断トツがいないのでまったく予想がつきません。文章力としては乗代雄介の「皆のあらばしり」でしたが、テーマとしてはちょっと弱い。「オン・ザ・プラネット」は、若者向きで、僕の肌に合わない。「我が友、スミス」は、どこかで読んだことがあるような既視感が強い。ということで、最初に読んだ九段理江の「Schoolgirl」、太宰治の「女生徒」の本歌取りと言う人もいますが、消極的にですが推しておきます。
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朝日新聞:2021年12月17日