多和田葉子の「容疑者の夜行列車」(青土社:2002年7月7日第1刷発行、2020年4月15日第7刷発行)を読みました。
何度か読んでいるからなのか、今回はすごく読み易い印象を受けました。2002年の作品ですが、年譜をみると、東奔西走、実際に多和田葉子は世界中を駆け回っているんですね。夜行列車の旅は、ほぼ実体験なのでしょう。
目次だけを見ると、多和田葉子の「溶ける街 透ける道」は、構成が「容疑者の夜行列車」に似ているように僕は思う。まだ読んではいないが…。「溶ける街・・・」の解説を見ると、鴻巣友季子は「容疑者の夜行列車」は、「あなたは・・・」と二人称文体で語られるが、「あなた」は決まってなにかをやり損ね、どこにもたどりつけない、と書いています。
戦慄と陶酔の夢十三夜
旅人のあなたを待ち受ける奇妙な乗客と残酷な歓待。宙返りする言葉を武器にして、あなたは国境を越えてゆけるか――。稀代の物語作家による戦慄と悦楽の夜汽車の旅。(第39回谷崎潤一郎賞・第14回伊藤整文学賞受賞)
・・・しばらくすると、車体に揺られながら気持ちよく眠りに落ちてしまった。眠りのかなたで、鉄と哲が擦れる音が続いている。浅いようん深いような眠りだった。だから、車掌に突然起こされた時には、びっくりして記憶袋を床に落としてしまい、一瞬、自分がどこにいるのかさえ分からなかった・・・(本書より)
容疑者の夜行列車*目的地一覧
第1輪 パリへ
第2輪 グラーツへ
第3輪 ザグレブへ
第4輪 ベオグラードへ
第5輪 北京へ
第6輪 イルクーツクへ
第7輪 ハバロフスクへ
第8輪 ウィーンへ
第9輪 バーゼルへ
第10輪 ハンブルグへ
第11輪 アムステルダムへ
第12輪 ボンベイへ
第13輪 どこでもない町へ
ラスト、「どこでもない町へ」はこうして終わります。
・・・眠りの中では、わたしたちは、みんな一人きりではありませんか。夢のなかでは、窓から飛び下りてしまう人も、出発地に取り残されたままの人も、もう目的地に到着してしまった人もいます。わたしたちは、もともと同じ空間にはいなのです。ほら、土地の名前が、寝台の下を物凄いスピードで走り過ぎていく音が聞こえるでしょう。一人一人違うんですよ。足の下から、土地を奪われていく速さが。誰も降りる必要なんかないんです。みんな、ここにいながら、ここにいないまま、それぞれ、ばらばらに走っていくんです。
多和田葉子:
小説家、詩人。1960年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。ハンブルク大学大学院修士課程修了。文学博士(チューリッヒ大学)。82年よりドイツに移住し、日本語とドイツ語で作品を手がける。91年『かかとを失くして』で群像新人文学賞、93年『犬婿入り』で芥川賞受賞。96年、ドイツ語での文学活動に対しシャミッソー文学賞を授与される。2000年『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花文学賞を受賞。同年、ドイツの永住権を取得。11年『雪の練習生』で野間文芸賞、13年『雲をつかむ話』で読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。16年、ドイツのクライスト賞を日本人で初めて受賞。そのほか18年『献灯使』で全米図書賞翻訳文学部門、20年朝日賞など受賞多数。
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