桐野夏生の「インドラネット」(角川書店:2021年5月28日初版発行)を読みました。370ページもある波乱万丈の分厚い小説、しかし、正直言って、僕はこのような小説はあまり好きではありません。比較でいえば、これよりもまだ前作の「日没」の方に賛意を表したいです。
過去に、以下のように書きました。
桐野夏生の著作は、10数年まではよく読んでました。思い出すままに著作の題名を挙げてみると、「柔らかな頬」、「グロテスク」、「残虐記」、「I'm sorry, mama」、「魂萌え」、等々。「魂萌え」で「桐野夏生はもういいや」と思ったのを覚えています。これらはすべて、16~17年以上の、ブログを始める前のことです。
そもそも僕は推理小説は好きではありません。なぜ桐野夏生を読んでいたのか、いま思うと桐野が次々と描く作品が、当時の社会とシンクロしていた、連動していたことが挙げられます。よく覚えているのは「グロテスク」で、「東電OL事件」を描いたものです。昼間は大企業の幹部社員、夜は娼婦というまったく違う顔をもっていたことが、大きくマスメディアに取り上げられました。
この旅で、おまえのために死んでもいい
平凡な顔、運動神経は鈍く、勉強も得意ではない――何の取り柄もないことに強いコンプレックスを抱いて生きてきた八目晃は、非正規雇用で給与も安く、ゲームしか夢中になれない無為な生活を送っていた。唯一の誇りは、高校の同級生で、カリスマ性を持つ野々宮空知と、美貌の姉妹と親しく付き合ったこと。だがその空知が、カンボジアで消息を絶ったという。空知の行方を追い、東南アジアの混沌の中に飛び込んだ晃。そこで待っていたのは、美貌の三きょうだいの凄絶な過去だった……
刊行記念のインタビューで、桐野は以下のように答えています。
書きながら気が付いていったところです。同性愛者ではなくとも、同性に対して「愛してる」という思いを抱くことは普通にありますよね。相手の「顔に惚れる」って、性別を問わずに起こる現象だと思います。八目にとって空知は、ベターハーフなんですよ。ベターハーフというのは、文字通り「より良い半身」。空知を捜し出して再会することで、自分の中にあったかもしれない良い部分を取り戻したい、と八目は願っている。でなければ、自分は変われない。必要不可欠な存在なんです。恋って、そんなものかもしれないですね。自分が「より良い自分」になるための何かを持っている相手のことを、人は好きになるのではないでしょうか。
朝日新聞の書評で、押切もえは以下のように書いています。
本書の刊行記念対談で著者が触れていた映画「地獄の黙示録」も鑑賞しました。舞台は泥沼化していたベトナム戦争。ヌン川の奥地で自らの王国を築き上げている元エリート軍人の大佐暗殺の任務を与えられた主人公が、仲間を失いながらも闇の奥へ進む話。抗えない権力の下、狂気と暴力が飛び交う中で正義について考え、苦悶する主人公の姿と晃が重なった。
旅の終点ともいえるラストは衝撃を受ける。空知への究極の愛と、強い意志で自分の運命を決めた明の行動…。醒めない興奮を得た。
桐野夏生:
1951年生まれ。93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞を受賞。99年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、04年『残虐記』で柴田錬三郎賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、10年、11年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞と読売文学賞の二賞を受賞など、数多の文学賞を受賞。15年紫綬褒章を受章。その他の著書に『とめどなく囁く』『日没』など多数。
朝日新聞:2021年7月10日
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