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芥川賞受賞作、石沢麻依の「貝に続く場所にて」を読んだ!

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第165回芥川賞受賞作、石沢麻依の「貝に続く場所にて」(講談社:2021年7月7日第1刷発行)を読みました。候補作になったときに、掲載されていた文芸誌(群像6月号)を購入しようとしましたが、手に入りませんでした。芥川賞受賞後に、アマゾンで単行本を購入したというわけです。上の表紙には「芥川賞候補作」となっていますが…。

 

石沢麻依の「貝に続く場所にて」は、その前に群像新人文学賞を受賞しています。選評で島田雅彦は、以下のように言う。「人文的教養溢れる大人の傑作。曖昧な記憶を磨き上げ、それを丹念なコトバのオブジェに加工するという、独自の祈りの手法を開発した」と絶賛。

 

さて第165回芥川賞は、石沢麻依の「貝に続く場所にて」と、李琴峰の「彼岸花が咲く島」が、10年ぶりの2作受賞でした。朝日新聞によると、受賞2作の評価が高く、ほかの3作を引き離してリードしていたという。石沢の受賞が先に決まり、李を同時受賞とするかで採決した結果、2作受賞が決まった。

 

新聞では続けて、「貝に続く場所にて」はドイツを舞台に、東日本大震災の記憶をコロナ禍の風景に重ねて描く。「街が徐々に現実とも非現実ともつかない空間に変貌してゆき、そこから記憶とその発掘というテーマが浮かび上がる。たいへん独創的なアプローチで震災に向かいあった」と評価された。

 

単行本の36ページには、以下のようにあります。

私が二度目にゲッティンゲンに来たのは、2017年の3月だった。一度目は震災の翌年、一年間の留学のときであった。帰国して修士課程を終えた後、塾で講師をしていたが、再び博士課程へ進む準備を始めた。幸いなことに、最初の留学の際に指導を引き受けてくれた研究者が大学に留まっていたために、正式な学生としての引き受けは、驚くほど滑らかに進んだ。語学学校に通い、ドイツ語能力試験に合格して美術史学科に入学するまで1年半かかった。それ以来この街に留まり、博士論文の執筆に取り組んでいる。

 

石沢麻依の経歴を見ると、「宮城県仙台市出身。東北大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、ドイツ在住」とあります。「貝に続く場所にて」の主人公は、ほぼ石沢麻依とみて間違いはないでしょう。

 

ゲッティンゲンは時間の縫い目が目立たない街である。(ゲッティンゲンを「月沈原、月が沈む野原」と表記するところが面白い)。ひとつの時間から別の時間へ、重ねられた記憶の中をすいすいと進んでゆくことができる。・・・ゲッティンゲンには、「惑星の小径」と呼ばれる太陽系の縮尺模型が組み込まれている。古い記憶が重ねられた土地において、この模型は時間はまだ浅いが、すでに場所に馴染んで幾つかある町の象徴のひとつにもなっている。

 

その日、私が居たのは仙台市の山沿いに近い実家だったために、体験したのは長く続く揺れと地面が唸る重低音だった。・・・地震当日の夜、何とか本を除けて服を着たまま寝台に潜り込み、空しく携帯の画面を睨みつけていた。携帯が「荒浜に300人の遺体が打ち上げられた」ことを伝えて、ふつりとそのまま沈黙してしまった。

 

3月のあの日のこと、友人の誰もが、野宮の動きを把握していない。・・・野宮の実家もまた津波に根こそぎ破壊され、そして彼の家族はばらばらに全員が水の壁にのみ込まれてしまっていた。・・・9年経った今でも、野宮と彼の弟は海から全員が還ることのないままだった。

 

私が目にした海は、いかなる映像とも異なる静けさを湛えていた。いまだに消えない痕跡を刻んだ街や土地に対し、それは変わらず動いている。その表情に私は混乱する。その表情を映した私自身、何かしら恐ろしさも哀しみも湧き上がることはなかった。海を前にして、私が得たのはあまりにも遠い距離感だけだった。結局、青を確かめることは叶わず、そのまま仙台の方に戻っていった。

 

私が恐れていたのは、時間の隔たりと感傷が引き起こす記憶の歪だった。その時に、忘却が始まってしまうことになる。野宮が見つからにまま、時間だけが過ぎていった。

 

還ることができないという事態は、海や原発から離れた場所で少しずつ忘れ去られてゆく。海に消された人々を、そこに繋がるものを今も探し続ける人たちの静かな姿と、それはあまりにも大きな隔たりがあった。記憶の痛みではなく、距離に向けられた罪悪感。その輪郭を指でなぞって確かめて、野宮の時間と向かい合う。その時、私は初めて心から彼の死を、還ることのできないことに哀しみと苦しみを感じた。

 

そして最後、静謐な鎮魂歌は、こうして終わります。

透明に覆い被さった光景は、私の見ることの叶わなかった遠く呼応する青の世界。隔たった場所からこちらに向かって、青が通り抜けてゆく。私は鳥の視線を固定したまま、ふたつの青を重ね続け、そしてそれが消えるのを待つ。

 

群像新人文学賞、そして芥川賞を続けて受賞した石沢は言う。

「感情が追いつかないほどの急展開に怯えていますし、大きな賞をいただいたからには書き続けなければいけない、自分はこの先だいじょうぶなのかという自己不信もある。そして何より震災というテーマを扱っており、入ってはいけない場所に土足で踏み入ってしまうのではないかという不安や違和感。いろんなものが混ざって、おそろしい気持ちになってしまいました。

書くということによって、現実をそのまま表すなんてできないと思っています。書くとは現実を自分の視点で切り取って、額縁のような枠に収めるような行為ではないでしょうか。その切り取り方が果たして正しいのだろうか。対象に対して適切な距離をとれているかどうか。いつもその前で躊躇してしまいます」。

そして、最後に、

「語り手の彼女は最後に一瞬だけでも、ものごとと自分との距離を捉えることができた気がして、そのとき鮮やかな光景を見られたのではないか。距離が正しく見えたからこそ、遠近法が自分の中で作られたのではないかと考えています」と、自信を示しています。

(「文春オンライン」より)

 

 

石沢麻依(いしざわ・まい): 略歴
1980年生まれ。41歳。宮城県仙台市出身。東北大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、ドイツ在住。2021年、「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞を受賞。

 

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