宇佐見りんの「かか」を読みました。
第33回三島由紀夫賞、56回文藝賞、W受賞のデビュー作です。しかも20歳のデビュー作、というところが驚きです。
「推し、燃ゆ」を読んで、以下のように書きました。
意外や意外、文章も巧いし、構成もよくできた小説で、と思うようになりました。時宜を得ているというか、「推し」がトレンドだからではない。もっと深いところでこの作品は、現在の社会を的確にとらえているように思います。ということでは、芥川賞もありかな、と思うようになりました。
宇佐見りんの「かか」、本の裏には以下のようにあります。
19歳の浪人生うーちゃんは、大好きな母親=かかのことで切実に悩んでいる。かかは離婚を機に徐々に心を病み、酒を飲んでは暴れることを繰り返すよyになった。鍵をかけたちいさなSNSの空間だけが、うーちゃんの心をなぐさめる。脆い母、身勝手な父、女性に生まれたこと、血縁で繋がる家族という単位・・・自分を縛るすべてが恨めしく、縛られっる自分が何より歯がゆいうーちゃん。彼女はある無謀な祈りを抱え、熊野へと旅立つ――。
未開の感性が生み出す、勢いと魅力溢れる語り。
痛切な愛と自立を描き切った、20歳のデビュー小説。
書き出しが、この作品の先行きを示す、女性にしか書けない強烈な印象を与えています。
「そいはするんとうーちゃんの白いゆびのあいだを抜けてゆきました。やっとすくったと思った先から逃げ出して、手のなかにはもう何も残らん、その繰り返し」。金魚を真下からすくいあげて捕まえ、一緒に住みだしたばかりの従姉の明子のもとへ走り、そして頭をぶたれます。金魚とは何なのか? 「あんとき明子が怒ったわけを、後年、うーちゃんは後年、自分に初潮が来るときになって漸くしりました。女の股から溢れ出る血液は、ぬるこい湯にとけうつくしい金魚として幼いうーちゃんの前に姿を現したのです」。
「『ありがとさんすん』は『ありがとう』、そいから『まいみーすもーす』は『おやすみなさい』、おまいも知ってるとおり、かかはほかにも似非関西弁だか九州弁のような、なまった幼児言葉のような言葉遣いしますが、うーちゃんはひそかに『かか弁』と呼んでいました」。
「うーちゃんが小学校に入ってすぐの頃、ととは家を出ていきました。浮気が原因でした。いれかわるようにかかが仔犬のホロをつれてきて、夏には和歌山に住んでいた明子がババとジジとうーちゃん一家のいるこの横浜の家に住まうようになりました。おま知ってのとおり、明子のかか、つまりうーちゃんやおまいの伯母にあたる夕子ちゃんが亡くなったかんですね」。
「かかは、ととの浮気したときんことをなんども繰り返し自分のなかでなぞるうちに深い溝にしてしまい、何を考えていてもそこにたどり着くようになっていました。おそらく誰にもあるでしょう、つけられた傷を何度も自分でなぞることでより深く傷つけてしまい、自分ではもうどうにものがれ難い溝をつくってしまうということが、そいしてその溝に針を落としてひきずりだされる一つの音楽を繰り返し聴いては自分のために泣いているということが」。
「・・・うーちゃんはにくいのです。ととみたいな男も、そいを受け入れてしまう女も、あかぼうもにくいんです。そいして自分がにくいんでした。自分が女であり、孕まされて産むことを決めつけられるこの得体の知れん性別であることが、いっとう、がまんならなかった。男のことで一喜一憂したり泣き叫んだりするような女にはなりたくない。誰かのお嫁にも、かかにもなりたない。女に生まれついたこのくやしさが、かなしみが、おまいにはわからんのよ」。
「熊野のなかの那智には、いざなみがいると言います。うーちゃんはこの国を生んだ母であるいざなみに会いたいを思いました」。
たどり着いた先の消毒液くさい病院のかかでからだひきずって、なんもないがらんとした白い病室に横たわるひとりぼっちで死んだかかの顔を見る、かかは泣いている、鼻に管まきつっけて、泣いたまんま、死んでいる。うーちゃんはかかを淋しさで殺してしまう。それに気いついたとき、うーちゃんははじめてにんしんしたいと思ったんです。しかしそこらにいるあかぼうなんか死んでもいらない、かかを、産んでやりたい、産んでイチから育ててやりたい。そいしたらきっと助けてやれたのです」。
「うーちゃんはかかを身籠ったよ、じきに産むよ、だからしんぱい、しなくていいよ」と、おまいに言ってやるつもりでした。
「手術は成功でした。・・・山でうーちゃんを襲った強烈な腹痛はただの生理痛でした。あの病院の、あの息つくたんびに水音のする管に繋がれ高熱を出しながら、かかは生きていました。ねえだけど、みっくん。うーちゃんたちを生んだ子宮は、もうどこにもない」。
宇佐見りん:
1999年静岡県生まれ、神奈川県育ち。現在大学生、21歳。2019年、『かか』で第56回文藝賞、史上最年少で第33回三島由紀夫賞を受賞。2021年、『推し、燃ゆ』で第164回芥川賞を受賞。
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