戸栗美術館は、創設者・戸栗亨が長年にわたり蒐集した陶磁器を中心とする美術品を永久的に保存し、広く公開することを目的として、1987年11月に、旧鍋島藩屋敷跡にあたる渋谷区松濤の地に開館しました。コレクションは伊万里、鍋島などの肥前磁器および中国・朝鮮などの東洋陶磁が主体となっており、日本でも数少ない陶磁器専門の美術館です。
僕は何度か戸栗美術館に足を運んでいますが、そのほとんどが「鍋島焼」関連の展覧会だったことを知り、今さらながらに驚きました。また戸栗美術館が建っている場所が旧鍋島藩屋敷跡にあたるということを知り、これも驚きました。今回は「鍋島焼と図案帳展」です。過去に展示されたものと同じものが展示されていたのは、「鍋島焼」というテーマなので、やむをえないことですが・・・。「鍋島焼」が独自に発展を遂げるのが、中国の内乱により輸入が止まったことによる、ということも、現代と照らし合わせると面白いことです。
佐賀藩鍋島家が献上用に創出した磁器、鍋島焼。最盛期には大きさ・形・意匠などに様々な規定があり、一定の規格性をもって製造されていたと考えられています。それを裏付けるように鍋島家には文様意匠や図面を描いた図案帳が伝来しています。聖地に整えられた規格性に注目し、図案帳と共に鍋島焼の名品約80点が展示されていました。
今回紹介されている鍋島焼の意匠を記した図案帳は、綴本の形状ではなく各ページがバラバラで、描かれているのは文様意匠や図面などです。それぞれ紙質や大きさが異なり、それぞれ異なる年代が記されているので、同じ年代に描かれたのではなく、長年にわたり描き溜められたもののようです。なかには鍋島焼を製造する際の指示書、もしくは製品化した意匠を記録する目的で描かれたと思われる、伝世品と文様・形状が一致する図案もあります。
第1展示室 盛期以前の鍋島焼
盛期鍋島の器種
盛期鍋島の文様意匠
中期鍋島・後期鍋島
第2展示室 図案帳と類品の比較
図案帳に見る様々な意匠
特別展示室 現代に継承された鍋島焼の技
鍋島焼
図案帳
「鍋島焼と図案帳展」
江戸時代、諸大名にとって幕府への献上は参勤交代と同様の義務であり、将軍への忠誠を表わす重要な行事。鍋島家も献上品に事の他気を遣い、江戸時代初頭には中国から輸入した陶磁器などを献上していました。しかし、17世紀後半、中国の内乱の影響で陶磁器が入手困難となり、鍋島家はそれに代わる献上に相応しい新たなやきものとして、鍋島焼を創出します。藩内で培った伊万里焼の技術の粋を集めて生み出された鍋島焼は、17世紀末、大川内山(現伊万里市)に築かれた御道具山(藩の御用品を焼く窯)にて本格製造が開始されました。鍋島家の記録や伝世品から、鍋島焼の形や文様、種類には一定の規格があったと考えられています。それを裏付けるように、鍋島家にはその形や意匠などを記した図案帳が伝わっています。今展示では、献上品としての規格性に注目し、盛期の鍋島焼を中心に名品の数々を展示、あわせて図案帳もご紹介致します。
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