内藤礼「恩寵」(2009年):チラシ上部の写真
池を望むテラス、天井や壁に、反射した水紋の光が揺れる。池にはり出した空間に目をこらすと、一本の白く光る曲線が見えます。 09年、現代美術家の内藤礼がこの場所に合わせて制作したインスタレーション。テグスに透明のビーズを一連通し、2点からつり下げた。自然と生じる懸垂曲線は「数学的な美」と言われる。光のきらめきも美しい曲線も、生きているだけで与えられているという思いがあった内藤。どこにでも生まれるのに気がつかない、そんな美しさをそっと伝える。
前回、神奈川県立近代美術館へ行ったのは、何の時だったのか調べてみたら、鎌倉館は「開館60周年 近代の洋画 ザ・ベスト・コレクション」展でした。東日本大震災の後、2011年7月のことでした。たしかその頃、「松本竣介展」が震災の関係で、開催が危ぶまれていたことを思いだしました。「開館60周年 近代の洋画 ベストコレクション」展、僕はその出品作に、萬鉄五郎、岸田劉生、関根正二、松本俊介らの名前を見つけて、居ても立ってもいられずに、鎌倉まで観に行ってきたと、ブログに書きました。
神奈川県立近代美術館で「光のある場所(ところ) コレクションにみる近現代美術の現実感」を観てきました。陰影法を用いた高橋由一らの近代洋画から木版画や立体、インスタレーションまで、様々な手法の所蔵品約80点で、光の表現から見る「現実感」を探る展覧会です。内容は「館蔵コレクション展」であり、「近代の洋画 ベストコレクション」とほぼ同様の作品が展示されていました。もちろん「ほぼ同様の作品」とは言っても、光の表現から見る「現実感」を探る展覧会ですから、それに沿った作品が選ばれていました。
展覧会は、高橋由一の「江の島図」に始まります。最前景には海岸に打ち上げられた貝や魚、木片など細やかな描写に優れています。先日も、鎌倉から藤沢への帰りに江ノ電に乗り、途中、江の島を遠くに観ましたが、もちろん、由一の時代とはまったく異なっているのは言うまでもありません。チャールズ・ワーグマンは、アカデミックな教育を受けた画家ではなかったが、洋画の黎明期に直接指導を受ける貴重な機会を提供した人物で、高橋由一や五姓田義松などが学んでいます。
以前にも観ていましたが、今回特に注目して観たのは、前田寛治の「裸婦」(1928年)と、佐伯祐三の「自画像」(1923年)でした。たまたま先日、八王子夢美術館で、八王子にかかわりのある二人の画家、「前田寛治と小島善太郎 1930年協会の作家たち」という展覧会を観てきたばかりでした。その図録によると、1926年5月、京橋で第1回1930年協会洋画展覧会が開催され、出品は木下孝則、小島善太郎、佐伯祐三、里見勝蔵、前田寛治の5名、いずれもパリ留学を終えて間もない若き画家である、とあります。当初は4人で開催を決めていたが、開催の2ヶ月前にパリから帰国した佐伯が加わったようです。
前田寛治の「裸婦」と佐伯祐三の「自画像」、力強い筆致も鮮烈な色彩も似ていて、妙に印象に残りました。前田の「裸婦」は対角線上に人体を配し、荒い筆触で量感を表現した、前田のフォーヴ的作品のひとつで、このような画風は「前寛ばり」という流行語を生み出し、若い画家たちに大きな影響を与えたという。佐伯の「自画像」は面の集積によって形態を捉えようとする実験的な試みを見て取れる、と図録にあります。佐伯が里見に伴われてヴァラマンクを訪ね、フォーヴィスムの洗礼を受けたことはよく知られています。
もう一つ、阿部合成の「鱈をかつぐ人」、前にも観ていたと思われますが、僕の記憶に残っていませんでした。今回、じっくりと観て、メキシコ壁画運動に共感したという画家の素地が見て取れる作品です。阿部は、京都絵画専門学校に学び、1934年に卒業、村上華岳に深く惹かれ、京都の都趣を吸収しながらも、生まれ故郷の青森県浪岡の労働者たちを描き、そのスケッチに基づいて、この作品を完成させました。代表作「見送る人々」(1938年)と比較すると、この作品の方がはるかに日本画的な要素を強く残し、故郷のモティーフを借りて、乗り越えようとする意欲に溢れているという。素早く、大振りなストロークにも日本画の修練が窺えます。
「光のある場所(ところ)
コレクションにみる近現代美術の現実感」
美術作品がひとつの視覚的世界として立ち現れるとき、これを「目に見えるようにする」のは、実在する外光と、作品の内なる空間を満たす光──色彩と明暗によって構成されるイメージであるといえます。西洋の遠近法と陰影法による写実表現を「真に迫る」技として驚嘆をもって学び入れた高橋由一(1828-1894)、松岡壽(1862-1944)らにはじまる明治期の日本近代洋画から、黒田清輝(1866-1924)らが取り入れた外光派の柔らかな色彩、そして大正期の萬鉄五郎(1855-1927)や岸田劉生(1891-1929)が追求した鮮明な光。1930年代には、内田巌(1900-1953)が静謐なリアリズムに時代の不安な空気を、阿部合成(1910-1972)や三岸好太郎(1903-1934)が具象表現にシュールレアリスムティックな感覚を帯びさせる一方で、谷中安規(1897-1946)や藤牧義夫(1911-1935)が木版画で「輝く闇」とも形容すべき幻想的な世界を描き出すなど、技法の成熟と時代の諸相を反映した、さまざまな「リアル」のかたちが展開しました。さらに、カンヴァス上の平面全体を、光をめぐるイメージの実験場とした戦後の抽象表現主義から、空間そのものを作品とする現代美術の内藤礼(1961-)や青木野枝(1958-)まで、「光の現れ」に焦点を当てて当館のコレクション約80点を紹介し、近現代美術にみられる多様な現実感のありかたを考えます。
絵画Ⅰ
編集・発行:神奈川県立近代美術館
2005
制作:印象社
表紙画像:
古賀春江「窓外の化粧」1930年
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