岩波ホールで「ハンナ・アーレント」を観ました。ハンナ・アーレントはドイツ出身のユダヤ人哲学者です。第二次世界大戦中にナチスによる迫害から逃れてアメリカに亡命します。第二次世界大戦後、全体主義や全体主義を産んだ政治思想に関する考察を発表、哲学者として敬愛されていました。
1960年代初頭、何百万人ものユダヤ人を強制収容所へ送致したナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが逃亡先のアルゼンチンで逮捕され、1961年にイスラエルで裁判が行われることになります。ハンナは自分から希望してアイヒマンの裁判を傍聴し、裁判を通しての考察をまとめたレポート「イェルサレムのアイヒマン」を5回の連載で「ニューヨーカー誌」に発表します。
特別な裁判権もなくイェルサレムの地方裁判所で行われたこの裁判に正当性はあるのか、イスラエルはアイヒマンを裁く権利があるのか、アイヒマンは極悪人ではないなどといったハンナの記事は、ナチズムを擁護するものではないかとの非難を浴びます。大学の同僚もハンナを非難します。イスラエル政府からも圧力が掛かります。大学からも退職勧告が出ます。もはや理解者は夫と、親友のメアリーだけです。
アイヒマンは裁判で、「命令に従っただけです。殺害するかは命令次第でした」と弁明します。その態度にハンナは衝撃を受けます。こんな平々凡々な人間が、命令だけで大虐殺を日常の業務としてやっていたのです。ハンナは「彼が20世紀最悪の犯罪者になったのは、思考不能だったからだ」と書きます。「ニューヨーカー誌」には、「こんな記事を載せるな」との抗議の声がたくさん寄せられます。
しかしハンナは激しい非難を浴びながらも、「考えることで、強くなれる」という信念のもと、言論で戦い続けます。そして絶対悪とは何か、考える力とは何かを問いかけます。ハンナは学生を前に、毅然として講義を始めます。「本当の悪は、平凡な人間が行う悪です。これを“悪の凡庸さ”と名付けました」と。ラスト8分間のハンナのスピーチは、鬼気迫るものがあります。講義中でも煙草を吸うハンナには、納得しかねますが・・・。
かつてのわが国も戦争犯罪を問われた人たちは、多くは「命令だったから」と弁明したことを思い出します。ふと思い出しました。建築家・白井晟一(1905-1983)はハンナと同年代、ベルリン大学哲学科に入学、ヤスパースらに師事していたから、どこかでハンナと接点があったかも知れません。
ハンナ・アーレント(1906-1975):
ドイツ・ハノーバー出身の哲学・政治思想学者。ユダヤ系家庭に育つ。学生時代にハイデッガーに師事し、一時期は不倫関係にあった。戦時中の40年にはフランスで強制収容所に連行されるが、脱出。その後米に亡命し、プリンストン大学やハーバード大学で客員教授を務める。アイヒマン裁判の傍聴記は63年、ニューヨーカー誌に連載された。代表的著作は「全体主義の起原」など。
以下、とりあえず「シネマトゥデイ」より引用しておきます。
チェック:『ローザ・ルクセンブルグ』のマルガレーテ・フォン・トロッタ監督と、主演のバルバラ・スコヴァが再び手を組んだ感動の歴史ドラマ。ドイツで生まれ、第2次世界大戦中にナチスの収容所から逃れてアメリカに亡命した哲学者ハンナ・アーレントの不屈の戦いを描く。彼女の親友役を『アルバート氏の人生』のジャネット・マクティアが好演。信念に基づき冷静に意見を述べた哲学者の希有(けう)な才能と勇気に脱帽。
ストーリー:1960年、ナチス親衛隊でユダヤ人の強制収容所移送の責任者だったアドルフ・アイヒマンが、イスラエル諜報(ちょうほう)部に逮捕される。ニューヨークで暮らすドイツ系ユダヤ人の著名な哲学者ハンナ(バルバラ・スコヴァ)は、彼の裁判の傍聴を希望。だが、彼女が発表した傍聴記事は大きな波紋を呼び……。
「ハンナ・アーレント」公式サイト
「岩波ホール」ホームページ