桜木紫乃の第149回直木賞受賞作「ホテルローヤル」(集英社:2013年1月10日第1刷発行、2013年7月30日第4刷発行)を読みました。7月末には読み終わっていたのですが、書くのが遅くなってしまいました。ちなみに第149回芥川賞受賞作、藤野可織の「爪と目」(新潮社:2013年7月25日発行)も、7月末には読み終わっていました。
ウィキペディアには、以下のようにあります。
桜木紫乃(1965年4月 - )は、日本の小説家、詩人。北海道釧路市生まれ。釧路東高校卒業。江別市在住。中学生の時に原田康子の『挽歌』に出会い文学に目覚める。高校時代は文芸クラブに所属。裁判所でタイピストとして勤めたあと結婚し専業主婦になる。原田康子も所属した文芸誌「北海文学」の同人として活動。2007年に『氷平線』で単行本デビュー。金澤伊代名義で詩人としても活動しており、詩集も刊行している。ゴールデンボンバーのファンとしても知られており、直木三十五賞の授賞式では鬼龍院翔が愛用しているタミヤロゴ入りTシャツを着用したほどである。
単行本の末尾の略歴には、以下のようにあります。
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール読物新人賞を受賞。07年、初の単行本「水平線」が書評トウデ絶賛される。12年、「LOVE LESS(ラブレス)」で第146回直木賞候補となる。他の著書に「風葬」「凍原」「恋肌」「硝子の葦」「ワン・モア」「起終点駅(ターミナル)」など。
「ホテルローヤル」は、「シャッターチャンス」「本日開店」「えっち屋」「バブルバス」「せんせぇ」「星を見ていた」「ギフト」という、釧路郊外のラブホテルで生起する様々な境の人たちの人生模様を描いた7つの短編からできています。北国の湿った土地に建つホテルローヤルの栄枯盛衰は、地方経済の様子を象徴しています。廃墟になったホテル、ホテルを廃業する、ホテルが建ってからのこと、そしてホテルが建つ前のことと、溯っていきます。最初、目次の順に読みましたが、二度目は、後から逆に前へと読みました。時系列的には、後から読んでいくと分かりやすい。物語はそれぞれがバラバラでなく、ほんの少しずつ重なり合います。
「シャッターチャンス」、挫折という言葉をやたら口にする元アイスホッケー選手の恋人と、廃墟となったラブホテルに潜り込み、ヌード写真のモデルを務める美幸。写真雑誌の投稿撮影が「やっと見つけた目標だ」という男の廃墟のイメージは、彼の中で美幸とどう繋がっているのか。恋人から突然「そろそろお互いの実家に顔出しておいたほうがいいかな」と言われて、答える言葉が思い浮かばない。今まで決して親と会おうと言わなかった男が、今日にかぎってそんな言葉を吐いたことに驚きます。男の言葉は、遠いところで煙っているようだ。
「本日開店」、幹子は元看護助手、見合で貧乏寺の住職の妻となりますが、夫は人格者だが不能でした。支えてくれる檀家がいなければ寺の存続は難しい。幹子は4人の老檀家の相手をつとめて3万円のお布施をもらうようになるが、佐野は水産会社を起こした父親を亡くして50で家督を継ぎます。夫の西教は、佐野からのものだけは受け取りません。檀家の代替わりが幹子にもたらした快楽に気付いているのだ。「本日開店」と言って亡くなった、引き取り手のない田中大吉の遺骨を寺で供養します。
「えっち屋」、雅代の父、田中大吉が身籠もった愛人とはじめたラブホテル、ここ半年閑古鳥が鳴いていた。営業は、昨日で終えている。雅代は29歳、10年間ここで寝起きしてきた。廃業するので、アダルト玩具の在庫を引き取ってもらう。担当の宮川は一昔前の銀行員という印象。雅代は宮川に「これ使って遊ぼう」と言う。宮川は「ここですか、例の」と言う。その部屋は心中事件のあった部屋だ。
「バブルバス」、お盆で墓の前で夫と住職が来るのを待っていた恵。来ないのでお寺に電話すると、住職は他へ行っていたので、今回はキャンセルします。用意してあったのし袋に5000円が入っています。出る予定のお金が浮いたことを素直に喜ぶ恵。墓地の駐車場を出るとラブホテルの看板が見えた。舅との同居で、肌を合わせる時間がない夫婦。「あそこ、入ろう」と恵。ホテル、のし袋、「2時間4000円」。
「せんせぇ」、単身木古内へ赴任中の高校教師。明日から三連休、妻の里沙は夫が不意に家に戻ったことを喜ぶだろうか。彼女は高校時代の担任と20年にわたり関係を続けている。当時の勤務校の校長から、紹介したい女性がいると言われ結婚した。木古内の駅で「せんせぇ」と繰り返す声は佐倉まりあ、「あたし今日からホームレス女子高生」という。札幌の自宅マンションの前に行くと、タクシーから降りたのは里沙と校長。「見ちゃったんだ、女房と上司の不倫現場」と、まりあに言う。釧路行きの乗車券を2枚買った。
「星を見ていた」、ホテルローヤルでもう5年も働く、ミコという60過ぎのパートの掃除婦。朝から夜中まで握り飯三つで働いて月に10万弱。ミコの夫は10歳年下、喧嘩が元で右足を痛めてから、ここ10年はどこへも働きに出ない。二人の間には24歳の長男、22歳の次男、20歳の長女がいるが、みな中学を卒業してすぐ家を出た。音沙汰があるのは左官職人に弟子入りして、自力で夜間高校を出た次男坊だけだ。職場宛に次男から手紙がきた。中には便箋に包まれた1万円札が三枚出てきた。同僚の和歌子が「山田次郎って、ミコちゃんのところの次男坊じゃなかったかい」と新聞を指さします。
「ギフト」、40過ぎの看板屋の田中大吉、家に帰れば大吉と同い年の女房、小学校6年生の息子がいるが、年が自分の半分しかない、るり子という団子屋の売り子に惚れ込んでしまいます。大吉は外仕事のある日は団子屋に寄り、食べ物を届け、彼女を抱く。女房に反対されているラブホテル経営の夢を、るり子にならば思う存分話すことができる。子どもができたというのに、女房と別れろとも言わない。「るり子、お前ラブホテルの女将にならないか」、「ホテルローヤル、どうだ、なんと格調高いだろう」。
ネットで調べたら、17日夜、築地の新喜楽で、直木賞選考委員の阿刀田高(78)が会見し、少しお酒が入った上機嫌の様子で選考の経過について説明していましたので、下に載せておきます。。
今回は難しい選考になるのかと思っていましたが、比較的早い段階で桜木さんの作品がいいんじゃないかという声が高かった。まず文章が非常によい。そして、ところどころに素晴らしい表現がある。「ホテルローヤル」という、どこがローヤルだと言いたくなるような(笑)ラブホテルを舞台にしながら、決して豊かではない、だが日本人の中にたくさんいるに違いない人たちの、色々な喜びや悲しみ、どうしようもない生きざまみたいなものが表現された作品です。わたしも短編連作をよく書いているから非常によく分かるのですが、ラブホテルを舞台として、いくつかの短編を全部趣向を変えながら、しかしホテルというものに集約されるようなストーリーを作っている。これは本当に見事なことです。連作短篇集は中心となるアイデアからあまり離れてもいけないし、みんな同じ小説になってもつまらない。その辺のあんばいを非常にうまく計算して作られた小説かなと思いました。つらい小説で、読んでいても明日が明るくなる感じではありませんが、これだけきちんとした文章でこれだけのストーリーを作り、連作短篇集として仕上げた以上、直木賞は当然だろうなというのは選考委員会の基本的な考えでした。