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田口ランディの「被爆のマリア」を読んだ!

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田口ランディの「被爆のマリア」(文春文庫:2009年7月10日第1刷)を読みました。この文庫本には「永遠の火」「時の川」「イワガミ」「被爆のマリア」の短編4篇が入っています。初出は、文學界2005年8月号~11月号、単行本は、2006年5月文藝春秋刊です。僕が田口ランディの「被爆のマリア」を知ったのは、中野サンプラザで開催されたフォーラム「アール・ブリュット―生(き)の芸術―」に参加した時のことでした。小柄なオバサンで、マイクを持って黒板に書き出し、迫力のあるしゃべり口に圧倒されました。


その後、「ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ」(ちくまプリマー新書:2011年9月10日初版第1刷発行)を出していたので、読んでみました。かなり熱心に原子力のことを勉強していたので、驚きました。この本については、世界で唯一、原爆を落とされた国が、なぜ原発大国になったのだろう? ヒロシマ・ナガサキとフクシマは、見えない糸でつながっている。そのつながりを、歴史を振り返り、圧倒的な創造力で描き出していく。これからの「核」の話をはじめるための、最初の一冊、とあります。


田口ランディは1959年東京生まれ、広島の原爆を取材した短編小説「被爆のマリア」では、「戦後世代にとって原爆とは何か?」を問題提起しました。被爆マリアについては、僕は2005年8月に、「長崎原爆忌・安置された被爆マリア像」という新聞記事で初めて知りました。左下にその画像を載せておきます。


この本に収録された4つの短編は、すべてが何らかの意味で原爆や戦争と平和の問題を扱っています。作者の分身とも言える広島を取材する作家、羽鳥よう子を描いた「イワガミ」、娘のキャンドルサービスに、受け継いだ原爆の火を用いたいと願う父親を描いた「永遠の火」、被爆者のミツコと、小児ガン成長の遅れた中学生が交差する「時の川」。ここでは原爆によって生み出された悲惨な像を背景に自分を重ねた佐藤さんを描いた「被爆マリア」を取り上げます。なぜかだいぶ昔に読んだ遠藤周作の「おバカさん」に出てくるガストンを思い出しました。


それはさており、「被爆のマリア」の主人公、レンタルビデオ店に勤める佐藤さん、なんとかかろうじて毎日を生きのびています。レンタルビデオ店は、人とは関わらずに済みます。最初の職場は健康食品の通販会社、佐藤さんは配送係でした。先輩達に気に入られようと必死で、「佐藤さん若いのに、つきあいがいいわね」と言われたりします。同僚のゆっこからは「1万円貸してくれない?」と言われて、気がついたらゆっこの借金は5万円にも膨らんでいました。すぐに給料だけでは足りなくなって、消費者金融に行ってお金を借りるようになります。平気で嘘をつくとか、ドタキャンが多いとか言われ、気がつくとみんなから無視されるようになっていました。


佐藤さんは、お金を返すために夜のバイトを始めます。収入は増えたけど、眠る時間がなくなり、朝起きられなくて、ドンドン遅刻が増えました。ますます社内で気まずくなり、無断欠勤が増え、会社へは行けなくなりました。会社の配慮で都合退職にして貰い、失業保険はもらえることになりました。スナックで働きつつ、ローン会社に借金を返し続けました。水商売は楽だったが、お客の誘いを断れなくて、イヤとは言えない。イヤなんだけど、好きと言われるとうれしかった。そして「あんたみたいにだらしない子は困るのよ」とママに言われてその店もクビになります。


明け方4時過ぎにはさすがにレンタルビデオ店は、お客がいません。学生アルバイトの森くんは「真面目ですねえ、佐藤さん」と声をかけてきます。さらに突然「あなた、アダルト・チルドレンでしょう?」と言う。「僕ね、大学で心理学勉強してるんです」と自慢げに言います。「アダルト・チルドレンって、どういうことですか?」と聞くと、森くんは「大人になっても傷ついた子供の心を抱えて生きている人の事ですよ。幼児期に受けた心的外傷、つまりトラウマによって、生きがたさを感じている」と言う。


部屋に戻ると、佐藤さんの万年床に母が寝ていました。口元が切れて血が滲んでいました。また父に殴られたようです。父は長いこと鉄工所に勤めていたが、バブルがはじけて失職し、定職もなく日雇いで食いつないでいます。起きた母は「悪いんだけど、お金、ある?」と言う。財布を確認すると2万円しかない。しかたなく、2万円を母に渡しました。あ、そうだ、カメノスケにエサをあげるの忘れていたと気がつきます。商店街の熱帯魚ショップが閉店するときに安く買ったもの。「カメはいいですよ、鳴かないし、臭くないし、世話が簡単、キャベツだけで30年は生きますよ」と、店員は言った。


階下から大家さんの怒った声がします。昨日の昼間、変な男がウロウロしていたとか、若いうちから乱れた生活をしているとロクなことないよ、とか言われました。森くんは、「佐藤さん、なにか困っているんですか?」と言うが、佐藤さんはさすがにお金を貸してとは言えません。「僕は将来、臨床心理士になりたいんです。真理カウンセラーですね。人間の心の病を治療する仕事です」と、まるでえらいお医者さんのように自信たっぷりに彼は言います。「だいじょうぶなんです。あたしには、救いがありますから・・・」。「佐藤さんにとっての救いとは何ですか?」と聞く森くん。「マ、マリア様です。あたしにはマリア様がついています」と、佐藤さんは答えます。


ほら、長崎に原爆が落ちたでしょう。長崎にはキリスト教の信者の人たちが30年もかけて作った礼拝堂があったそうです。その礼拝堂が原爆によって吹き飛ばされたんです。礼拝堂にはマリア像がありました。マリア様の上に原爆が落ちたのです。あたしは被爆したマリア様の写真を見たんです。体は吹き飛び粉々に砕けたけれど、奇跡的に頭だけが残りました。美しい顔は真っ黒く焼け焦げ、目は空洞で悲しげでした。この受難のマリア様を被爆のマリアと呼ぶのだそうです。あたしは一目見て、被爆のマリア様を忘れられなくなりました。


昔の作業服を着た父がカウンターの中に入ってきて、レジから2万円を持って店から出て行きます。森くんは警察に通報します。警官がやってきて被害届が出されます。父はあっけなく逮捕され、留置場に入れられます。店長は佐藤さんに同情して、告訴しなかった。「店長のお母さんが寝たきりになって、介護が大変」とか、「どうやら奥さん、介護がイヤで家でしたらしい」とか、森くんは言います。店長は寝たきりの婆さんと二人で住んでいる、とか。アパートへ戻ると、部屋は父の爆撃を受けていました。カメノスケのダンボールを広げてみると、中にカメノスケがいました。生きていました。


ある日、ゆっこから電話がかかってきました。「あなたからお金借りていたでしょう。それを返したいの」と。「お金返すからわたしの部屋に遊びに来て」とゆっこ言う。殺風景な部屋に沢山の人がいた。「わたしの同志たち。みんな仲間よ」と、勝ち誇ったように言う。皆が頷いた。ビデオ上映会があるという。「ほんとに仕事があるので」と言って、ようやく帰してもらえた。森くんは「主教ですよ。佐藤さん、やられますよ、カモにされますよ」と言った。部屋に戻るとまた鍵が開いていた。


布団に母が寝ていた。カメノスケの声がした。「死んでるぞう」。枕元に座り、頬に触れてみた。ぞっとするほど冷たかった。急性心不全、死亡診断書にはそう書かれ、密葬の後、遺体は火葬場に送られてガスで焼かれた。焼却炉から出てきた母の骸骨は、被爆のマリアを思わせた。三日ほど休みをとり、久し振りに店に出ると、店長が「森は辞めた」と言った。あいつは変態だ。履歴も全部詐称。高卒のストーカーだ。訴えられて、いま警察にいる。森くんは悪い人ではなかった。あたしにはいい人だったのにと、佐藤さんは思います。


閉店時間前なのに、店長はシャッターを閉め始めた。「一緒にどこかへ行かないか?」とレジのお金を抜き取った。「一緒に行こう。おまえだってやり直したいだろう。人生リセットだ」。過去を捨てて、知らない土地へ行く」と店長は言う。ふと、被爆のマリア様の顔が浮かんだ。「長崎とか・・・」。カメノスケを取りに部屋まで戻り、待ち合わせた公園に行くと、店長はいなかった。カメノスケが「ハハヲタノム」と言った。そば屋の横の路地を入っていくと、小さな一軒家があった。狭い四畳半におばあさんが寝ていた。「店長から頼まれてきました」、佐藤さんは骨に皮が張り付いているだけの手を握った。「だいじょうぶです。朝まで少し眠りましょう」、さすがに佐藤さんも疲れて、添い寝するように横になった。


「マリア様、今日もなんとか生きました。もう寝ます。明日もまた、生きて目が覚めますように」。


とんとん・にっき-hiba1
原爆で空洞化した目の

「被爆マリア像」

長崎・浦上天主堂










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