聞き覚えのある曲が流れます。1960年代に流行ったザ・ロネッツの「Be My Baby」という曲です。僕が若い頃、よくラジオから流れていました。いま聞くと、妙にノスタルジックな印象を受けます。モノクロの映像でつくられているこの映画も、過ぎ去った時代を懐かしむことが、大きなテーマのような気がします。日本ではあまり馴染みのないポルトガルの俊英、41歳の監督ミゲル・ゴメスです。映画の創成期を思わせるモノクロの映像表現で、いくつかの時代と異なる場所をつなぎます。がしかし、難解な作品であることは間違いありません。
第1部は、憂鬱な現在のリスボンを描いた「楽園の喪失」。善意に満ちた孤独な女性とその隣人である老女の触れ合いが描かれています。定年退職したピラールは、意義のある生き方を探し求めています。隣人のアウロラは娘に見捨てられ、家政婦ともそりが合いません。妄想にとりつかれた孤独な老女は、死に際にベントゥーラという男を探して欲しいと、ピラールに頼みます。最後の願いを託されたピラールは、その男を探そうとします。
第2部は、ポルトガルによるアフリカ植民地時代を描いた「楽園」。ナレーションだけで、台詞もなく、サイレント映画を思わせます。アウロラは早くに母を亡くし、娘を溺愛した父も亡くなります。若くて美しい彼女は、ドイツ人の男と結婚し、妊娠をして幸せの絶頂にいました。そこへ流れ者のベントゥーラがバンド仲間と連れだって現れます。遊び人の男は、アウロラを愛し、彼女もすべてを捨てて駆け落ちを決意します。
かつて植民地で起こった出来事を、老女は最後まで人に語ろうとはしませんでした。それは彼女にとって「タブー」だったからであり、ある意味今はもう存在しない亡霊の物語のような印象を与えたかった、と監督はいう。第2部は、今や消失し忘れられたものを語っています。それは現代における無声映画を意味した、と語っています。植民地を背景に、かつて熱烈に愛しあったが、別れざるを得なかった恋人たち、そして年老いた老女の現在。マルグリット・デュラスの「愛人 ラマン」を思い浮かべました。
タイトルの熱波とはなんだろうと思ったら、最後の時を迎える老婆が薄れる意識のなかで想う「最後に一目、会いたい人」、時を遡り、胸を焦がす熱波が甦る、とチラシに書かれていました。
以下、とりあえず「シネマトゥデイ」より引用しておきます。
チェック:さまざまな映画祭で賞を受賞した「私たちの好きな八月」のポルトガルの俊英ミゲル・ゴメスが手掛けた、ノスタルジックな愛の物語。現代のリスボンと1960年代の植民地時代のアフリカを舞台に、壮大な喪失のエピソードを2部構成でつづっていく。舞台女優などとして活躍するテレサ・マドゥルガやラウラ・ソヴェラウらが共演を果たし、味わい深い演技を披露。モノクロの映像で激動の過去と共に描かれる、現代のストーリーの見事な調和に心奪われる。
ストーリー:敬虔(けいけん)なクリスチャンであるピラール(テレサ・マドゥルガ)は、退職後はカトリックの社会活動団体に所属し、少しでも世界を良くしようと努力している。リスボンに住む彼女は、80代の隣人アウロラ(ラウラ・ソヴェラウ)のわがままに振り回されていた。そんなある晩、アウロラの体調が急に悪化し、ピラールは彼女にある頼み事をされる。
「熱波」公式サイト