いま、全集「シリーズ 日本の近代」
を調べてみると、全16冊が刊行されています。そのうち鈴木博之の「都市へ」
は日本の近代10として1999年2月中央公論新社刊とあります。僕が読んだのはその文庫版、中公文庫版、シリーズ日本の近代のうち鈴木博之の「都市へ」
(2012年10月25日初版発行)です。うかつにも僕は、文庫版が出るまでこの本のことは知りませんでした。この本、索引まで入れるとなんと463ページもある分厚い本です。昨年11月初めに購入したのですが、分厚さに怖じ気づいて、つい最近まで“積ん読状態”でしたが、それではならじと先日読み始めて、わずか数日で一気に読み終わりました。鈴木の文章は平易で、読みやすい。
著者紹介:鈴木博之
1945年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻課程修了。東京大学教授、早稲田大学客員教授を経て、2009年より青山学院大学教授。2010年より博物館明治村館長併任。1985年、「建築の七つの力」(鹿島出版会)で芸術選奨文部大臣新人賞、90年に「東京の『地霊』」(文藝春秋)でサントリー学芸賞、96年に日本建築学会賞、2005年に紫綬褒章を受章。著書に「建築の世紀末」(晶文社)、「建築家たちのヴィクトリア朝」(平凡社)、「ロンドン」(ちくま新書)、「都市のかなしみ」(中央公論新社)など多数。
最近鈴木博之のく講演を聞く機会が何度かありました。たとえば、武庫川女子大学東京センター主催講演会シリーズ「わが国の近代建築の保存と再生」の4回目、鈴木の講演のタイトルは「昭和の近代建築」でした。大正・昭和の建築に影響を与えた地震として、濃尾地震や関東大震災、阪神淡路大震災や東日本大震災などから説き起こし、鈴木が審議会などで関わった事例として、東京駅や首相官邸、そして日土小学校まで、近代建築の保存と再生の話は圧巻でした。そしてそれがこの本の内容とも火なりの部分、重なっていることでもありました。もちろん、その前に江戸から東京へという設問も含んではいますが。
本の裏表紙には、以下のようにあります。
西欧文明との出会いは、日本の佇まいに何をもたらしたのか。それは、「場所」として存在した日本古来の建築物が「空間」と出会うことによって、都市が近代へと脱皮する出発点だった。文明開化、大震災、戦災、高度経済成長――変容する都市の風貌から、日本人のアイデンティティの軌跡を検証する。
目次
プロローグ 都市における近代とは何か
第一部 開国と首都
1 開国と開港
2 江戸から東京へ
3 土地の持ち方・使い方
4 都市計画の出発
第二部 近代における京・大阪
5 琵琶湖疎水計画とその展開
6 「阪神間」という土地
第三部新しい生活の出現
7 震災復興計画
8 郊外の成立
第四部 戦後の展開
9 戦後の運命
10都市は豊かになるか
参考文献
関係年表
文庫版あとがき―東日本大震災を経て
索引
ほとんどは知っていることばかりでしたが、しかし、問題を深く掘り下げられていて、時系列的に整理されていて、分かりやすかったように思います。面白かったのは、というか、よく知らなかったことですが、第二部の琵琶湖疎水計画とその展開と、阪神間という土地、でした。
もちろん南禅寺境内に煉瓦造の水路閣という名の水道橋は知っていました。田辺朔郎が書いた卒業論文に端を発して琵琶湖疎水工事の計画が始まったという話は初めて知り驚きました。また阪神間というと、住友本邸が大阪から神戸の郊外へと住居を移していく過程は、都市と絡めて話されるとよく分かります。鈴木は阪神間に住んだ人々をあげて、日本の近代資本主義の歴史がそこに縮図として現れるのに気づくだろうといいます。そこには日本の住宅建築の最高の質を見いだすことができるとして、谷崎潤一郎の「細雪」を取り上げて、以下のように述べています。
東京の出身でありながら、関東大震災以後この地域に住んだ作家の谷崎潤一郎が、名作「細雪」のなかに描き出したのは、阪神間に存在した戦前のブルジョワジーの文化であった、として、大阪にもともと「古風な」本家をもつ、恵まれた、あるいは恵まれていた階級のひとびとが、阪神間の文化を生み出したと、鈴木はいいます。彼らは本家を大阪にもちながらも、そこから離れてゆくことによって、あるいはそこを見捨てることによって、新しい文化を生み出したのであった、としています。
毎回、「今度建てられるビルこそ、ストックとして長く都市の顔となるものだ」と言われ続けて何年になるのだろうか、日本の都市だけが歴史的な顔を持てないでいるのは、どこかおかしい、と鈴木は全編を通じて警鐘を鳴らします。日本は明治以後、都市のストックを増大させたのであろうか。大いに疑問である。都市は変貌を続け、その中に建築は建ち続け、デザインは変化してきたが、そこに本当の都市の文化されたであろうか。「歴史を消し去る歴史」の上には、流れ去る記憶しか残らない、と。
鈴木博之の著作は数が多い。建築史家でこれほどの著作がある人は他にいないでしょう。主要なものは刊行されるとすぐに読みました。鈴木の最高傑作といわれている「建築の世紀末」(晶文社)は、初版が1977年5月30日、ほとんどデビュー作だったようで、74年から75年にかけてロンドン大学コートゥールド美術史研究所へ留学し、帰国してすぐに刊行されたもののようです。
手元にあるものを拾ってみると、「建築の七つの力」(鹿島出版会)は84年、「東京の『地霊』」(文藝春秋)は90年、「夢のすむ家」(平凡社)は89年、「建築家たちのヴィクトリア朝」は91年、やはりイギリスものが多いのが目に付きます。実は最近、鈴木の著作をもう一度読み直してみたいと思っていたので、目に付きやすいところに彼の本が出ていたのでした。まだまだあるとは思いますが・・・。
「近代建築論講義」は、鈴木が東京大学を退職したときに記念出版されたものです。その中の「むすびに」で鈴木の1年後輩である難波和彦は、次のようにいいます。東京大学の工学系研究科の中でも、建築学専攻は、とりわけ歴史学コースが充実している。日本中に建築学専攻の中でも抜きん出たレベルにあると言ってよい。その科かで、鈴木博之は長い間、中心的な役割を果たしてきた、と。
東京大学では、退職教授は最終講義を開催するのが恒例だが、鈴木は東京大学において35年以上もの間、建築史に関する研究と教育を展開し、広大な成果を残しているので、一回だけの講義では、その全貌をうかがい知ることはできない。そのため鈴木の研究成果を紹介する連続講義を企画し、鈴木が長年展開してきた西洋建築史と近代建築士に関するテーマを、主要な著作と組み合わせながら、8回に分けて行った連続講義を整理したのが「近代建築論講義」(東京大学出版会:2009年10月22日初版)でした。
鈴木博之の「近代建築論講義」が届いた!
「近代建築論講義」
2009年10月22日初版
編者:鈴木博之+東京大学建築学科
発行所:東京大学出版会
「建築の世紀末」
1977年5月30日初版
著者:鈴木博之
発行者:晶文社