アヤソフィア聖堂東側を北へ進むと、トプカプ宮殿の城壁があり総門(皇帝の門)に突き当たります。総門を入ると第1庭があり、左手の教会、聖エレ-ネ(性成る平和の意味、トルコ語でアヤイリニ)は、アヤソフィアが建てられる以前の総主教坐でした。次に中門(儀礼の門)を入ると第2庭、スルタン以外はこの門で馬を降りました。
トプカプ宮殿はメフメット2世時代の1467年に完成しました。トプカプは大砲の門という意味で、トプカプ宮殿の名はボスフォラス海峡側に大砲が据えられていたことに由来します。宮殿の広さは、日本の皇居のおよそ2倍ありました。当時の宮殿は、単なるスルタンの住まいではなく、重臣たちを集めた会議がもたれ、国の方針が決定される、青磁の中枢でした。
トプカプ宮殿はその後の凡そ400年間に増改築が繰り返されたが、1856年、アブドゥルメジット1世は新市街地側に建てたドルマパフチェ宮殿に居を移しました。第2庭の西側にはハーレムが、東側には厨房と、陶磁器展示室があります。幸福の門をくぐると第3庭、門の正面には謁見室があり、スルタンの外国公使などとの会見に使われました。その裏手にはアフメット3世の図書室があります。
東側には宝物館があり、タイヤモンドやルビー、エメラルドや真珠などこれでもかと言うほど展示してあります。有名なのは、黄金造りの短剣の柄に大きなエメラルドが3個埋め込まれたトプカプの短剣と、86カラットの大ダイヤを49粒の小ダイヤが囲むスプーン売りのダイヤモンドです。これを拾った漁師が、スプーン売りの3本のスプーンと交換したため、この名があるという。正面奥に、細密画とカリグラフィ、時計のコレクションがあります。左側の聖遺物展示室では、予言者ムハンマド(マホメット)の遺品とされる足形などがあります。
第3庭奥の通路を抜けて第4庭に入ると3つのキョシュキュ(あずまや)があります。右奥にはガラタ橋近くにも店がある老舗の芦貫太、コンヤルがあって、ボスフォラス海峡を行く船を眺めながら食事を楽しむことができます。一番奥には「バクダット・キョシュキュ」があります。ムラト4世のバクダット攻略(1638年)を記念して作られた優美な建物で、タイルと象嵌細工の装飾が内部を埋めています。
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「トルコの建築と都市計画 ル・コルビュジエの目」
「トルコ」へ行ってきました!
*参考文献
2012年4月5日第4版第1刷発行
編集:ブルーガイド海外版編集部
2010年12月15日第1刷発行
著者:飯島英夫
発行所:冨山房インターナショナル