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高橋陽子の「黄金の庭」を読んだ!

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高橋陽子の「黄金の庭」(「すばる」11月号)を読みました。第36回すばる文学賞受賞作です。読んだのは新庄耕の「狭小住宅」を読んだすぐ後でしたから、もう2週間ほど前のことになります。同じ第36回すばる文学賞を同時に受賞した新庄耕の「狭小住宅」は、朝日新聞紙上で松浦寿輝が「文芸時評」で取り上げて絶賛していましたが、高橋陽子の「黄金の庭」については、まったくふれられてませんでした。松浦寿輝は、文學界新人賞の選考委員でした。驚いたことに、角田光代はなんと、文學界新人賞とすばる文学賞、両方の選考委員でもありました。


さてすばる文学賞の方、選考委員の高橋源一郎は「今回の候補作は、お世辞じゃなく、みんな面白かった。読みながら、選考しなきゃいけないってことを忘れるぐらいだった」と書いています。


「黄金の庭」は、「黄金にきらきら光る直径1mぐらいの玉が頭上にあって、わたしはそれに手を伸ばすのだけれど、あとちょっとのところで届かず、ジャンプしたら玉に頭がぶつかって、痛いなあと目が覚めたらベッドのヘッドボードにしたたか頭をぶつけていた」と、始まります。これは元旦の朝のことですが、もうこの時点で「へん」な小説だなという感じがちょっと出ています。選考委員の江國香織は、「ぬけぬけとしたところがよかったです。ちょっとへんな小説で、『へん』というのは小説においてそれ自体が美質です」と評し、受賞に賛成しています。


寒いベランダでパジャマのまま外を眺めていると、「青奈ちゃん、お雑煮できたよ」と2階に上がってきた那津男が声をかけます。那津男もちょっと「へん」で、ボロボロになった熊のぬいぐるみ「マルちゃん」を異常に偏愛しています。お雑煮を食べていると、青奈はなんとはなしにさみしい気持ちになりました。去年一杯で長年やってきた仕事を辞めてしまったのですが、あてにしていた新しい仕事が立ち消えになってしまったからです。「お雑煮食べたら、お参りにいこうよ」と那津男に言われ、青奈はつとめて明るい声で「うん」と返事をします。


2人が1ヶ月前に越してきた町の名前は「黄金町」。住んでいるのは築50年の古い一軒家、那津男の兄の親友の持ち物で、3年の海外赴任に際して家を格安で貸してくれるというので越してきました。家庭教師をしている那津男の通勤にも便利で、家賃は格安で商店街は近いし、2人にとって申し分のない町でした。お隣の坂本さんなどは異様に腰が低く、朝会ったときに頭を下げるとこっちよりもさらに低く頭をさげます。この町の人は子どもも知らない人なのに挨拶してくるし、礼儀正しい町という印象です。


黄金寺に行くと、晴れ着を着た人で賑わっています。寺のご本尊に目をやると、大きな赤い顔をした閻魔様でした。「元旦に閻魔様にお参りっていいわけ?」と言うと、「いいんじゃない?みんなもお参りしてんだし」と那津男は言います。突然きゃーという声が後から聞こえて振り返ると、寺の門あたりにいた若い女の人の着物が赤く汚れているのが目に入りました。よくよく目をこらすと、11、2歳ほどの男の子が筆のようなものを振り回して、通りかかった人に絵の具だろうか赤い色をつけて回っています。


わたしたちがなにか言おうと顔を見合わせたとき、「こら」と言って、巨大な男の人が男の子の右手を掴んで引っ張り上げました。よくみると閻魔様が男の子を引っ張り上げたのでした。男の子がじたばたして、その手から逃れようとするのを閻魔様はさらに高くかかげ、男の子をえいと住宅街の向こうに投げ飛ばしました。閻魔様は満足そうにして、お堂に戻っていき、人々もなにもなかったかのように参拝の列に加わったり、あるいは帰って行きました。


那津男の実家に新年の挨拶に行くと、すでに那津男の兄家族が来て、両親と酒を酌み交わしていました。青奈が嫁らしくおとなしく座っていると兄嫁が「お仕事お忙しいの?」などと青奈の顔をのぞき込みます。「邦夫くんはいくつになったんですか」と話題を変えると、「もうすぐいつつよ。青奈さんも子どもは早いうちがいいわよ」などと言われてしまいます。しまった、と思ってもあとの祭りで、姑も「仕事はいつでもできるけど、子どもはそうはいかないんだから。結婚して3年も経つんだからそろそろ」と言われてしまいます。


我が家のある黄金町に帰ってきたのはもう12時を回った頃、見上げたら三日月でそこに羽衣をまとった天女が3人ほど月の明かりで踊っていました。真夜中の黄金町の住宅街は静かで、自分たちの足音と、ときおり犬の遠吠えしか聞こえません。犬の遠吠えが近くなって身の危険を感じて振り返ると、昼間寺にいた赤い絵の具の男の子が、犬の遠吠えのような声を発しながらこちらに走ってくるところでした。「あのガキ、なんかやばいね」「閻魔様に投げられても平気だし、不死身かもね」、青奈がそう言うとむこうからまた犬の遠吠えが聞こえてきました。


駅前はいつも日曜に広場の周囲を囲むように露店がでて、敷物を敷いて若い人が古着を出したりしているので、今日もやっているかもしれないと思い、広場へいきました。思った通り市がたって、賑わっていました。アクセサリーを売る店があったので、ひやかそうと近づくと、天然石をあしらったピアスやネックレスが売られていました。「おねえさん。顔に凶がでてるよ」、え、と顔を上げると背中までとどく髪の長い売り子の男が青奈を見ています。「凶運を回避するにはこの黒水晶がいいね」と、黒い玉のブレスレットを手渡します。値段を見ると2万を超えていました。「jこれで凶運が回避できるなら安いもんだと思うけどね」、ひひ、とその男は笑います。


無言でそこを去ろうとすると、後から「ねえさん、仕事にあぶれたんだろ。仕事するかい?」と言い、「ライフコーディネーター 千寿寛治」と書いてある名刺をもらいます。次の日、那津男に名刺を見せると、「なんか怪しくない?」と言う。「怪しいけど、暇だから少しだけ話し聞いてくる」と言って、青奈は家を出ます。広場に行くとロン毛で落武者みたいな千寿寛治はいました。「じゃ、いこうか」と言って広場の先のプレハブのちゃちな建物に入ります。「千寿インフォメーションセンター」という看板がかかげてありました。


「あんた、名前なんていうの」と聞かれて名乗ると、じゃあイモでいいなという。青奈がむっとすると、「アオナを食べるのは芋虫じゃんかよ」と言う。「発想貧し過ぎですよ」と文句を言うと「名前なんかどうでもいいんだよ。俺のことも千ちゃんでいいよ」、そして「この子はダイヤでいいから」とカウンターにいる女の子を指して言います。この子は千寿寛治の恋人か奥さんなんだと気がついて、なんとなくふたりの雰囲気が似ていることに納得します。


千ちゃんが「あんた、なにができる?」といきなり青奈に聞きます。「仕事は自分で作る。それをプレゼンできなきゃ、生き残っていけないの」と言います。「うちの会社、なんでもござれよ。この町の案内もするし、人の恋路の手助けもする。かと思えば仕事のアイデアだって考えるし、オーダーがあれば大企業の企業秘密だって探っちゃう」、「とにかく、あんたのできることがここでは仕事になるわけよ」。「じゃあさ、今度までにあんたも自分でなにがしたいのか、考えておいてよ、明後日まで」、ありがとうございます、と頭を下げて、青奈はスキップしながら家に帰りました。


那津男が帰ってくると「すっごくいい話しみたいよ」とまくしたてます。「青奈ちゃんがすっごくいい話っていうとろくなことがないじゃない」と疲れた顔の那津男は言う。「そんなことないよ。千ちゃんだってああみえて意外に信用できそうだし」と青奈が言うと、那津男は怪訝な顔をして、誰その千ちゃんて、というから千寿寛治、と答えると、あのライフコーディネーター?というので、そうだというと、ますます険しい顔をしました。「青奈ちゃんって簡単に人のこと信用しすぎるところがあるよね。べつにうちは贅沢しなきゃそんなに経済逼迫してないんだからさ、無理して働かなくてもいいんだからね」。


庭に洗濯物を干していたことに気がついて取り込んでいると、どこから入ってきたのか、いつかの悪魔みたいな子どもが庭にいて驚愕します。汚れた顔はにやにや笑っていました。どうしようと考えていると、その子どもは目にもとまらぬ速さで庭に植えていた水仙をドンドン引き抜いて踏みにじります。それと同時に聞いたこともない恐ろしい声で笑うので、青奈は腰が抜けてしまいました。庭の一角にあった水仙を全て踏みにじると、その子どもはにやりと笑い、韋駄天のようにどこかえ消えてしまいました。「明日、千ちゃんにあうから、あの子のこときてみる」。


インフォメーションセンターへ行き、千ちゃんが来るまでダイヤさんと話して時間を潰します。「千ちゃんってどういう仕事をしてるんですか?」と聞くと、「千ちゃんの仕事は路上販売とここの運営が主だけど、ライフワークは人助けっていうのかしらね」とダイヤさんは言います。そんな話しをしていると、千ちゃんが偉そうな顔で事務所の扉を開けます。「この町に変な子どもいますよね」と聞くと、「ああ、アーちゃんのことか」と言い、「アーちゃんにはある摂理があって、それに準じてる。だからもうアーちゃんに会ったら、しかたがないって肝すえるしかないの。どこに住んでるのかもみんな知らないし神出鬼没なの」とも千ちゃんは言う。


商店街をおおかた見尽くしたので帰ろうとすると、大黒質店という立て看板がありました。青奈は、なんだか気になって、そちらの方に歩いていきました。それらしい店が見えてきました。最近はブランド品を気軽にやり取りする店になっているところが多いので、引き戸をあけてみました。「なにかお探しですか?」と店主らしきおじさんが言う。ふと、アクセサリーの収めてあるガラスケースの中の、楕円のオパールの指輪が目に入りました。「このオパールはおしゃべりオパールと言いましてね、あることないことあなたにしゃべりますよ」、青奈はこの指輪が欲しくなり、20万という指輪についているタグを見て思わず溜め息が出ました。「あんた、いいセンスしているよ。20万円じゃお買い得だよ。買っておきな」と指輪は言います。それから銀行に行き、20万円を下ろし、大黒質店へ行き、ついに青奈はおしゃべりオパールを手に入れました。


選考委員の奥泉光は、「描かれる不可思議な街の風俗や歴史や住人の姿に、芯の抜けたような緊密さを書いた文章が適合的で、ファンタジーの音調を響かせることに成功している」とし、「物語らしい物語がないままに自立した虚構世界を構築したセンスには見るべき者があり、受賞作にすることに積極的に賛成した」と述べています。


また高橋源一郎は、「最初のうちは、冴えない小説だなあと思いながら読んでいたら、突然、主人公が買った指輪のオパールがしゃべり出して、びっくりした。さらにびっくりしたのは、そんな異常事態が起こったのに、主人公がまるでびっくりしないことだった。主人公(の女性)がやって来た、その『黄金町』では、さまざまな不思議な(超常的な)出来事が起こる。けれども、そこには、ファンタジーやSFでのような『驚き』がかけている。異様な事件は、ひたすらのんべんだらりとした日常(とそれを保証している文体)の上で起こるのである。この作品は、小説としかいいようがないなにかだ。小説に対して、それ以上のものを望む必要はないのである」と述べています。


「わたしはそりゃ、千ちゃんのことちょっといいなと思っていたわけで、それが千ちゃんに通じないはずもなかったし、自分にも責任はあるんだけど、じっさい那津男と別れて千ちゃんと一緒になるなんていう冒険はわたしにはできず、それはいろいろな意味でだけど、へたれといえばそうかもしれないけど、たとえばそこにはダイヤさんも含まれているわけで、いろんなことをぶっちぎってまで一緒になりたいかといわれると、やっぱりそれは躊躇され、那津男への愛がそうさせるのかというと、それはそんなんだろうな、などと自分の気持ちをいまさらながら確認する。」



以下、芥川賞候補作になるんじゃないかと思われる作品?

すばる11月号「すばる文学賞」受賞作から2作

文学界12月号「文学界新人賞」受賞作から2作

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