網野善彦の「日本の歴史をよみなおす(全)」(ちくま学芸文庫:2012年4月10日 第24刷発行)を読みました。読んだのは、トルコ旅行10日間の往復の飛行機の中とトルコ滞在中でした。どうしてこの本を読むことになったのか? たぶん4~5月頃、新聞の読書欄の文庫本コーナーに小さく載っていたからだったか、あるいは、「江戸時代は女性も働いていて専業主婦はいなかった」とこの本に書いてある、というようなことをどなたかかが書いていたのを覚えていたからなのか、今となってはよく分かりません。それにしても2005年7月10日第1刷発行、なんと僕が手にしている本は2012年4月10日第24刷発行ですから、すごい売れ行き、まさにロングセラーです。
この本は、筑摩書房より刊行された「日本の歴史をよみなおす」(1991年)と「続・日本の歴史をよみなおす」(1996年)を一冊にまとめて文庫化したものです。もともと「日本の歴史をよみなおす」は、筑摩書房で5回にわたって、社員を対象に話しをし、それに大幅に手を入れたもの。「続・日本の歴史をよみなおす」は、同じく4回にわたって行った話しに手を加えてまとめたです。ですから、文章も平易で非常に読みやすい、網野善彦の歴史学入門書としては最適な本と言えます。
目から鱗とはこのこと、この本、読むと驚きます。「日本とは何か」、「日本人とは何か」、一般的な常識を網野は周到な準備で一つ一つひっくり返します。日本の社会が、江戸時代までは農業社会だったという常識、教科書にはそう書いてあり、僕らはそう学んできました。教科書にある「近世日本の人口構造」では、76%が農民とあります。海民や山民はそこには載っていないし、商工業者は10%前後しかいない。本当にそうだったのか。他の資料では、農民は百姓とあります。網野は、百姓は農民と同義語ではない、たくさんの農業以外の生業に携わっていた人びとを含んでいたと言います。網野は奥能登の時国家の調査を提出します。
百姓は農民という、それまでの常識が誤っていることを突き止めます。身分的には百姓の時国家、田畑はごく僅か、しかし大船を持ち、日本海の海上交通に依拠し、製塩、製炭、山林の経営、鉱山にも、蔵本として金融業も営んでいる家だったことが、網野の調査の結果判明します。圧巻は「襖の下張り」を丹念に調査し、そこから浮かびあがってくる当時の社会を表に引っ張り出します。歴史家は文献資料を扱うが、文書資料は国家の制度の中で作成されるので、表のものしか残っていません。そうじゃない資料、捨てられるはずの文書は襖の下張りから見えてきた、というものです。
この辺、学問とは言え、推理小説を読みようにスリリングです。他にもまだまだ目から鱗は驚くほどたくさん出てきます。貨幣と金融、租税、非人は神仏に直結する、男女の性のあり方、日本の国号、天皇の二つの顔、松園、悪党と海賊、海上交通、重商主義と農本主義、飢餓はなぜおきたのか、等々、網野の説は、一つ一つが納得させられます。
網野善彦とはどんな人なのか? 略歴は以下の通りです。
1928~2004年。山梨県生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。名古屋大学助教授、神奈川大学短期大学教授、同大学特任教授を歴任。歴史家。専攻は、日本中世史、日本海民史。著書に、『蒙古襲来』『日本中世の非農業民と天皇』『無縁・公界・楽』『異形の王建』『日本社会の歴史(上・中・下)』『「日本」とは何か』『日本中世都市の世界』『網野善彦著作集』(全19巻)他多数。
文庫本のカバーの裏には、以下のようにあります。
日本が農業中心社会だったというイメージはなぜ作られたのか。商工業者や芸能民はどうして賤視されるようになっていったのか。現代社会の祖型を形づくった、文明史的大転換期・中世。そこに新しい光をあて農村を中心とした均質な日本社会像に疑義を呈してきた著者が、貨幣経済、階級と差別、権力と信仰、女性の地位、多様な民族社会にたいする文字・資料の有りようなど、日本中世の真実とその多彩な横顔をいきいきと平明に語る。ロングセラーを続編とあわせて文庫化。
日本の歴史をよみなおす(全)
[目次]
―日本の歴史をよみなおす―
第1章 文字について
第2章 貨幣と商業・金融
第3章 畏怖と賤視
第4章 女性をめぐって
第5章 天皇と「日本」の国号)
―続・日本の歴史をよみなおす―
第1章 日本の社会は農業社会か
第2章 海からみた日本列島
第3章 荘園・公領の世界
第4章 悪党・海賊と商人・金融業者
第5章 日本の社会を考えなおす