堀江敏幸の「燃焼のための習作」(講談社:2012年5月23日第1刷発行)を読みました。437ページもある「なずな」(集英社:2011年5月20日第1刷発行)に比べれば、「燃焼のための習作」は216ページですから、中編と言えるものです。僕が読んだものでは、堀江の作品はどちらかというと短編作品が多いという印象があります。「なずな」を読み終わってから、カバーのしてある堀江の短篇集「おぱらぱん」(新潮文庫:平成21年3月1日発行)という文庫本が出てきました。これは三島由紀夫賞を受賞した作品で、購入したけど(たぶん)読んでなかった、もちろんブログにも書いていない、というものです。
堀江敏幸は、1964年、岐阜県生まれ。作家・仏文学者。受賞歴はすごいです。出すもの出すもの、みななんらかの賞を受賞しているようです。99年「おぱらばん」で三島由紀夫賞、2001年「熊の敷石」で芥川龍之介賞、03年「スタンス・ドット」で川端康成賞、04年「雪沼とその周辺」で谷崎潤一郎賞、06年「河岸忘日抄」で読売文学賞小説賞、10年「正弦曲線」で読売文学賞随筆・紀行賞、等々を受賞、そしてなんと12年「なずな」で伊藤整文学賞を受賞しています。「なずな」が受賞した話は、僕は知りませんでした。
フィンランドの、当時のケッコネン(1900-1986)大統領よりも国民によく知られているアルヴァ・アアルト(1898-1976)という建築家がいました。彼はワイン好きで、仕事中もワイングラスを手放すことはありませんでした。従って彼のスケッチするトレーシングペーパーには、ワイングラスの後があちこちについている、という伝説の持ち主でした。
「燃焼のための習作」の表紙には、コーヒーカップの茶色い跡がまるくついています(装幀は帆足英里子)。この物語の主人公、枕木は考えごとをしたり仕事をしたりするときには、ネスカフェとスプーン印の角砂糖、そしてクリープが必要なのです。枕木はただ、この三種類を混ぜ合わせた味が好きで、この事務所のアシスタントである郷子さんは、それを「三種混合」と呼んでいました。
本の帯の裏側には、次のようにあります。「はい、枕木事務所です。第三者の眼には、むしろ、しばらくのあいだここに、この奇妙な部屋と奇妙に穏やかな人物の前にいて、仕事の依頼なのか個人的な相談事なのかわからない言葉を交わすことに安堵していると映ったかもしれない。なにかお飲み物のお代わりは、と息を整えた鄕子さんがその第三者の助手に戻ってすかさず訊ねる。じゃあコーヒーをもらおうかな。枕木が応えると、お客さんにお聞きしてるんです、と鄕子さんが返した」。
まず、書き出しはこうです。「粉末ミルクを多めに入れて言葉のとおり乳色に濁っているコーヒーのなかに白い角砂糖をひとつ落とし、スプーンでかちゃかちゃ音を立てながらかきまぜる」。“たわいのない四方山話”と言っちゃなんですが、場所は運河のそばの雑居ビルの4階。登場人物はしがない探偵(?)事務所の枕木、何を依頼するのか本人もよくわからない依頼人は熊野御堂(くまのみどう)氏。2人の話の途中にクリーニング屋から戻ってくる助手の郷子(さとこ)さんの男女3人。他に顔こそ出しませんが、タクシー運転手の枝盛という人が一人、電話で出てきます。絶えず「スイッチバック」を繰り返す3人の会話は、いつまで経ってもクリアになることはありません。
枕木さんって、やっぱり不思議な人だな、と郷子さんはあらためて思っていた。熊野御堂さんという人も、わたしの話を聞いてとくに面白がっているふうではないのに、要所要所をつついてきたりする。それでいて全体の流れを切らない。熊埜御堂氏は、妻と離婚し、息子には会えない、そんな事情を抱えて、なにか相談事があって、なにかを依頼しに来たはずなのに、そういう雰囲気でもない。どこか枕木さんに反応の仕方が似ている。
飲み屋のカウンターでもないのに、こんな会話のなにが自分を引き留めるのだろう、と熊埜御堂氏は胸のうちで不思議がっていた。地鳴りや地響きではなく嵐が静まるのを待っているだけで、こちらの境遇となんの関係もない話に耳を傾ける義務はどこにもないはずなのに。・・・枕木が依頼人を相手にするときは、迂回に迂回を重ねていくのが常だった。ただ話を聞いて、言葉を返す。枕木は基本的にそれしかない。行動を起こすのは、かなりあとになってからだ。それどころか、まったく動かないことも多い。
枕木の仕事は心療内科のカウンセリングではないが、熊埜御堂氏がそうであるように、あるいは郷子さんがそうなってしまうように、話を聞くともなく聞くのが主になっています。依頼人は古ぼけたソファーに腰を下ろし、雑談しているうちに、いろんなことを要約せずにただ語りはじめます。通常、事務所に依頼人がやってくるのは最初と最後だけです。重要なのははじめてのほうです。初対面の機会を捉えて、枕木は10年来の知己でも知り得ないような他者の些事を、自分のこととして受け取ります。
宇治間山、郷子さんが来たばかりの頃、枕木がかかわった“ビスケット事件”で2人で行ったところです。
依頼人の母親が生前、20年来出入りしていた老人の死後、形見として譲り受けた川面の移った建物の絵の謎。見た目は風見鶏のようで形状は鳥はない、風向計らしきもので、ただ鉄の板を組み合わせたもの。風とは別種の音楽が奏でられ、風そのものを敵にも味方にもする炎のイメージがあり、シリーズの名称は「燃焼のための習作」、5台限定品で、通し番号はⅠからⅤでした。これがこの本の詩みたいな題名の由来・・・。
出会いであれ縁であれ、それは出会いであれ縁であるからこそ機転のないものですよ、人と人がある場所で会うことには、たとえそれが仕事であったとしても明確な起点はないと思いますね、誰かひとりでも連鎖から外れていたら、一分でも歩く速度が違っていたら交錯しなかった、そういうことばかり日常で起こる、今日、こんな途方もない雷雨にならなければ、そして、熊埜御堂さん、あなたのお腹の調子が悪くならなければ長々とお話する機会は得られなかった、こういう差配を、いったいどこの誰に感謝したらいいんですか。と枕木が熊埜御堂氏に言うと「まったくですね」と熊埜御堂氏はうべなった。
なにをしに来たのかわからなくなってしまったという熊埜御堂氏とおなじことが、いま枕木にも起きていた。いったい自分は飽きもせず、ここでなにを聞きなにを話しているのか。雨夜のなんとかにしては色艶に欠ける。会話というものには流れがあるだけで中身はない、と枕木はつね日頃から考えていた。中身と呼ばれているのは、言葉に言葉を返し、沈黙を乗り越え、いっせいに声を出してまた黙ることを反復しているうちだんだん形になっていくもので、川だって運河だって、そんなふうにしてできあがったものである。見えたり見えなかったり、歩いているうちに光を照り返す水面が切れ切れに反射して、ひとつづきの流れの存在が察知できる。
最後に「いいですね、わかりました?」と郷子に「今日は見逃しましたが、チョコビスケットは御法度、角砂糖もしばらく禁止、おはぎもお団子もケーキもパスタもご飯も全部量を減らす、炭水化物は控えてください」、と太りすぎの枕木は念を押されます。「炭水化物の取りすぎに気を付けて」と、それが息子と息子の友人を介して、妻に去られた男、熊埜御堂氏に伝えられた回答でした。「相手のことをよく知ってなければ言えないことが胸に突き刺さるんだ、きっと」と、枕木は郷子さんに言います。
過去の関連記事:
堀江敏幸の「なずな」を読んだ!
堀江敏幸の「未見坂」を読んだ!
堀江敏幸の「熊の敷石」を読んだ!
堀江敏幸の「雪沼とその周辺」を読んだ!
堀江敏幸の「めぐらし屋」を読んだ!