出光美術館で「江戸時代の美術 軽みの誕生」を観てきました。
300年近い歴史を持つ江戸時代の画壇において、いつも中心的な役割を担ったのが狩野派です。とりわけ、瀟洒で端麗な絵画表現を打ち出し、狩野派の繁栄の礎を築いた画家こそが狩野探幽(1602 - 74)でした。武家と公家、両方の権力者たちから高い支持を集めた探幽の絵画は、広く世間の時好をとらえ、その平淡なスタイルは大きな影響力を持つことになります。
その探幽は、絵画の心得をめぐって、後水尾天皇(1596 - 1680)に対して「絵はつまりたるがわろき」という、すぐれて印象的な言葉を残しています。つまり、絵の要素のすべてを画面のなかに描きつくすのは好ましくない、ゆとりや隙を感じさせるようにするべきだ、と。後水尾は、絵が「つまらない」ことを高く評価する探幽の意見に賛同しながら、このような考え方が和歌の世界にも当てはまること、さらに、そのほかのさまざまな芸術の道において普遍的なものだと述べたといいます。江戸時代の文芸において、余白や余情といった要素を何よりも尊ぶことは、たとえば発句に「軽み」を求めた松尾芭蕉(1644 - 94)の俳諧理論などとも強く響き合うように、この時代を広く覆った価値観のひとつであったといえるでしょう。
この展覧会では、探幽と江戸狩野派の絵画のみならず、俳諧の世界に親しく接した浮世絵師たちや酒井抱一(1761 - 1828)、そして抱一によって導かれた〈江戸琳派〉の画家たちの軽妙洒脱な造形表現に注目しつつ、江戸時代の美術をつらぬく「つまらない」美意識の系譜をたどります。
01狩野派の枠を超えた、探幽の革新的なスタイル
江戸時代の画壇を牽引した狩野派。その基礎を築いた画家・狩野探幽は、2024年が没後350年に当たります。節目の年を迎えるのをきっかけに、この展覧会では探幽がその後の狩野派のなかで重んじられるのみならず、江戸時代の美術全体におよぼした影響の大きさについて考えてみます。展示室をめぐれば、探幽の軽淡で瀟栖な画風が流派の枠を超え、大きな意味で江戸時代の美術を特徴づけるスタイルであったことを感じられるでしょう。
02「つまらない」は、褒め言葉!?
いま、「つまらない」という言葉を辞書で引けば、「値打ちがない」「くだらない」などのネガティヴな意味が列記されます。「この絵はつまらない」といえば、それを描いた人や所有者の不興を買うでしょう。ところが、江戸時代において「つまらない」といえば、物事を理詰めでいいつくしていない、余白や余情が感じられるという意味で、高く評価されるものでした。この価値観を絵画の分野で提唱した狩野探幽のものをはじめ、この展覧会には「つまらない」作品が並びます。この一貫した美意識によってまとめられた、江戸時代の美術の新しい見方を発見してください。
03俳諧と美術の深い関係
軽妙な機知を5・7・5のわずか17文字に込める──それが俳諧という文芸の形式です。松尾芭蕉は発句に「軽み」を追求し、身近なテーマをさらりと表現することを目指しました。限られた文字数からはおのずと多くの余白が生まれ、「つまらない」美意識と強く共鳴します。この展覧会では、江戸狩野派に学び、俳諧にも深く接した英一蝶(1652 - 1724)や浮世絵師たち、さらに俳壇に親しく交わり、俳諧的な抒情性を絵筆に託した酒井抱一をはじめとする〈江戸琳派〉の美術に、「つまらない」美意識の系譜を探ります。
展覧会の構成
第1章 ものづくしの絵画 —江戸時代の美術前史
第2章 狩野探幽と江戸狩野派 —「つまらない」絵の誕生
第3章 余情と余白 —「つまらない」絵の広がり
第4章 洗練と機知 —浮世絵と〈江戸琳派〉の軽み
ここからは、第1章 ものづくしの絵画 —江戸時代の美術前史、第2章 狩野探幽と江戸狩野派 —「つまらない」絵の誕生をその1とし、第3章 余情と余白 —「つまらない」絵の広がりをその2、第4章 洗練と機知 —浮世絵と〈江戸琳派〉の軽みをその3、として以下に載せます。
第4章 洗練と機知 —浮世絵と〈江戸琳派〉の軽み
俳諧には、5・7・5のわずか17文字に凝縮された情景が詠われるがゆえに、おのずと多くの余白が残されます。江戸時代の俳壇と絵画の関係は深く、松尾芭蕉の流れを汲んだ都会派の俳諧グループには、少なからぬ浮世絵師たちが参加していました。また、〈江戸琳派〉を導いた酒井抱一俳諧の世界に深く親しみ、弟子の鈴木其一(1796 - 1858)とともに、その抒情性を絵筆に託した画家でした。
- 「出光美術館」ホームページ
- 出光美術館 (idemitsu-museum.or.jp)
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