中野京子の「画家とモデル 宿命の出会い」(新潮文庫:令和5年3月1日発行)を読みました。とい、「観た」と言った方が当たっているかも…。
このインパクトのある表紙で、本屋に平積みされていると、ついつい手が伸びて、買ってしまうというもの…。そうです、アンドリュー・ワイエスがヘルガ・テストロフを描いたヘルガ・シリーズの一つ、「編んだ髪」ですね。
ワイエスがドイツ移民のヘルガ・テストルフを知ったのは、農場主カーナーが病に倒れ、近くに住むヘルガが介護に通っており、カーナーの死が近づいたころ、ヘルガにモデルを依頼した。ヘルガ38歳、ワイエス53歳。彼は後にヘルガについてこう言っている。創作欲がわく対象を探してヘルガに出会った。彼女のドイツ的特性、何事にも動じない強さ、チロル農民風の厚手のコートと、そして金髪のお下げ髪に心打たれた、と。
多忙なはずのワイエスが、まさか15年にもわたり、こっそり自宅のすぐそばで一人の女性をモデルに240点以上もの作品を描き続けていたとは。しかも相手は4人の子持ちの若くない人妻で、ベッツィ同様、彼女の夫もこの事実を知らなかったとは・・・。ワイエスもヘルガも肉体関係を否定している。だが「恋人たち」をはじめとするヌードガニは、濃密な時間の流れがはっきり刻印され…。と、中野京子は言う。
ワイエスが91歳で死ぬまで、ヘルガは身の回りを世話する看護婦という名目で、傍にいた。二人は添い遂げたと言えなくもない。もっと興味深い画家とモデルがまだまだいるのに、ワイエスばかりに焦点が当たってしまい、申し訳ない。
文庫本の「画家とモデル」の解説は、画家の諏訪敦です。
もっとも著者の見識がうかがえる章は、ルーカス・クラーナハ(父)を語った、「宗教改革家との共闘関係」だろうか。ここではヨーロッパ文化を語るときにみせる、著者持ち前のストーリーテリングの巧さが発揮される。
本書は月刊「芸術新潮」の連載(2018年4月号~11月号、2019年1月号~10月号)に加筆訂正し、まとめたもの。
目次
晩年に得た真のミューズ
サージェントと「トーマス・E・マッケラーのヌード習作」
「飛んでいってしまった」
ゴヤと「黒衣のアルバ女公爵」
母として画家として
ベルト・モリズと「夢みるジュリー」
守りぬいた秘密
ベラスケスと「バリェーカスの少年」「道化セバスティアン・デ・モーラ」
レンピッカ色に染める
タマラ・デ・レンピッカと「美しきラファエラ」
大王と「ちびの閣下」
メンツェルと「フリードリッヒ大王のフルート・コンサート」
伯爵の御曹司とダンサー
ロートレックと「ムーラン・ルージュ、ラ・グリュ」
野蛮な時代の絶対君主に仕えて
ホルバインと「デンマークのクリスティーナの肖像」
愛のテーマ
シャガールと「誕生日」
過酷な運命の少女を見つめて
フォンターナと「アントニエッタ・ゴンザレスの肖像」
真横から捉えた武人の鼻
ピエロ・デラ・フランチェスカと「ウルビーノ公夫妻の肖像」
破滅型の芸術家に全てを捧げて
モディリアーニと「ジャンヌ・エビュテルヌ」
妹の顔とオイディプス
クノップフと「愛撫」
宗教改革家との共闘関係
クラーナハと「マルティン・ルター」
画家の悲しみを照り返す
レンブラントと「バテシバ」
呪われた三位一体
ヴァラドンと「網を打つ人」
「世紀の密会」
ワイエスと「ヘルガ・シリーズ」
あとがき
主要参考文献
解説 諏訪敦
中野京子:
北海道生まれ。作家、ドイツ文学者。西洋の歴史や芸術に関する広範な知識をもとに、絵画エッセイや歴史解説書を多数発表。新聞や雑誌に連載を持つほか、テレビの美術番組に出演するなど幅広く活躍。
著書に『怖い絵』シリーズ(角川文庫)、『ハプスブルク家12の物語』『プロイセン王家12の物語』(以上、光文社新書)、『美貌のひと』(PHP新書)、『画家とモデル』(新潮社)、『中野京子の西洋奇譚』(中央公論新社)、『異形のものたち』(NHK出版新書)など多数。
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