小川洋子の「完璧な病室」(中公文庫:2004年11月25日初版発行、2011年2月25日7刷発行)を読みました。
小川洋子の文庫本、10冊ほど購入済みで、どれから読もうか迷っていて読み出せないでいるのですが、たまたま新聞でこの出版社の本を宣伝していたなかで、小さく本の題名が載っていたので、読んでみることにしました。
本書は「完璧な病室」(単行本1989年9月・文庫1991年12月福武書店刊)と「冷めない紅茶」(単行本1990年8月・文庫1993年6月福武書店刊)を再編集したものです。
目次
完璧な病室
揚羽蝶が壊れる時
冷めない紅茶
ダイヴィング・プール
いずれの短篇も、30年以上前の作品です。
小川洋子の作風を形づくった作品といえます。
以下、それぞれの短篇の書き出しの部分を挙げていきます。
完璧な病室
弟のことを考える時、わたしの胸は柘榴が割けたような痛みを感じる。なぜだろう。それはたぶん、わたしたちが二人きりの姉弟で、両親の愛情にあまり恵まれなかったからだろう。二十一の青年の死を容易に想像することなんてできないだろう。二十一といえば、人間が一番死と無関係でいられる時だ。
揚羽蝶が壊れる時
寝巻の帯紐をほどき、背中と布団の間に腕を差し込んで身体を浮かせ、素早く帯紐を抜き取る。寝巻の前を開けると、さえの白く濁った膚が覗く。細い肋骨に張り付いた皮膚は、紙のように強張っている。首筋から胸にかけて薄茶色の染みが散らばり、粉を吹いたように乾燥している。
冷めない紅茶
その夜、わたしは初めて死というものについて考えた。風が澄んだ音をたてて凍りつくような、冷たい夜だった。そんなふうに、きちんと順序立てて死について考えたことは、今までなかった。確かにそれまでにも、わたしの周りにいくつかの死はあった。
ダイヴィング・プール
ここはとても温かい。なにか巨大な動物の体内に飲み込まれたようだ、といつも思う。しばらく座っていると、髪やまつげや制服のブラウスが、ここの温かさを吸い込んでしっとり潤ってくるのがわかる。汗よりもサラサラとして、ほんの少しクレゾールのにおいのする湿り気がわたしを包む。
小川洋子:
1962年、岡山市に生まれる。早稲田大学第一文学部卒。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞を、91年、「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞。2004年には「博士の愛した数式」で読売文学賞及び本屋大賞、「ブラアフマンの埋葬」で泉鏡花文学賞、06年に「ミーナの行進」で谷崎潤一郎賞、13年に「ことり」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。その他の著書に「猫を抱いて象と泳ぐ」「原稿零枚日記」「最果てアーケード」「いつも彼らはどこかに」「琥珀のまたたき」などがある。
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