永井みみの「ミシンと金魚」(集英社:2022年2月10日第1刷発行、2022年3月7日第2刷発行)を読みました。
ほぼ一年前に購入したはいいが、
表紙が派手なので読むのを躊躇していた本。
永井みみは、1965年神奈川県生まれ。
ケアマネージャーとして働きながら執筆した本作で、
第四十五回すばる文学賞を受賞。
暴力と愛情、幸福と絶望、諦念と悔悟・・・
認知症を患う”あたし”が語り始める、
凄絶な「女に一生」。
「カケイさんは、
今まで人生をふり返って、
しあわせでしたか?」
ある日、ヘルパーのみっちゃんから尋ねられた”あたし”は、
絡まりあう記憶の中から、その来し方を語り始める。
母が自分を生んですぐに死んだこと、継母から殴られ続けたこと、
亭主が子どもを置いて蒸発したこと、やがて、生活のため
必死にミシンを踏み続けるカケイの腹が膨らみだして…
生まれておいてやがて死ぬ。誰もが辿るその道を
圧倒的な才能で描き切った衝撃のデビュー作。
すばる文学賞選考委員絶賛!
小説の魅力は「かたり」にあると、
あらためて感得させられる傑作だ。 ―――奥泉光氏
この物語が読み出る瞬間に立ち会えた
ことに、心から感謝ししている。 ―――金原ひとみ氏
ただ素晴らしいものを読ませてもらった
とだけ言いたい傑作である。 ―――川上未映子氏
「ミシンと金魚」は、こうして始まります。
病院というとこは、すかない。病気持ちばっかりで、胸糞悪い。うつる菌が、うようよいる。ほら、あの子もあのじいさんも咳してる。マスクしてても、子どもは手でしじゅう触って位置をずらして、じいさんはいつ洗濯したのかわかんないぐらい汚れているマスクしてて、いつ洗濯したかわかんないけど、あきらかに洗濯で縮んだ年季の入ったちっこいマスクを鼻の穴丸出しにしてしてっけど、あんなちっこいマスクじゃ意味がない。マスクの意味。ね、みっちゃん。あんなふかい咳がでる風邪は、風邪のなかでもタチがわるい部類のやつだ。ツバキが遠くまでとんで、カギフックみたいな引っ掛けるとこのついた菌が、こっちののどにフックを引っ掛けて、ながながと居座る。ちょっとあんたら、マスクぴったり口にして、その上からてぇあてて、咳しなしゃいよ。と、おしえてやる。ふたりが同時にギロリとにらんだ。ああ、やだやだ。親切が、あだになった。親切でもって言ったこっちの方が、バツのわるいおもいをする。世の中そんなふうになっちゃんだねぇ。